お味噌汁がくれる朝

食べ物

佐藤恵は、子どものころからお味噌汁が大好きだった。
母が毎朝つくってくれる一杯の湯気立つ味噌汁は、彼女にとって「一日のはじまり」の合図だった。
具材はその日によって変わる。
豆腐とわかめの定番の日もあれば、じゃがいもと玉ねぎが甘く溶け合う日もある。
夏はナスやオクラ、冬は大根に油揚げ。
母は「冷蔵庫にあるものでできちゃうのが味噌汁のいいところ」と笑っていた。

大学に進学して一人暮らしを始めたとき、恵が最初に買った調理道具は味噌汁用のお椀と小鍋だった。
周囲の友人はパスタやカレーを作り、外食にもよく出かけたが、恵の朝食はほとんど毎日味噌汁だった。
味噌の種類を変えてみたり、だしを昆布からとったり、かつお節を使ったり。
時にはインスタントの力も借りたが、それでも湯気の向こうから立ち上がる香りを吸い込むと、心がすっと落ち着いた。

社会人になってからも、恵の味噌汁生活は続いた。
忙しい朝でも、せめて味噌汁だけは欠かさない。
それは自分を支える小さな儀式のようなものだった。
ある日、会社の同僚の奈央にそのことを話すと、「えらいねぇ、私は朝なんてパンとコーヒーで精一杯だよ」と笑われた。
恵は恥ずかしそうに笑い返したが、心の中では「味噌汁の一杯で、その日が違うんだよな」と思っていた。

ある冬の朝。仕事に追われて帰宅が遅くなり、疲れきった体を引きずるようにして台所に立った。
冷蔵庫を開けると、大根と少ししなびた青ねぎが残っているだけだった。
それでも鍋にだしを取り、大根を切って煮立て、味噌を溶かし込んだ。
椀によそい、口に含んだ瞬間、体中がふっとほどけるように温まっていく。
涙がにじむほどの安堵感に、恵は自分でも驚いた。
「やっぱり、私にとっての故郷は味噌汁なんだな」

そんな恵には、もうひとつ大切な思い出があった。
亡くなった祖母の味噌汁だ。
祖母は少し甘めの麦味噌を使い、じゃがいもと玉ねぎを具にすることが多かった。
子どもの頃、それを口に運ぶとほんのり甘くて、どこか懐かしい味がした。
母の味とも違うその味噌汁を、恵は今でも再現しようと試みるのだが、どうしても祖母のあの優しい甘さには届かない。

やがて恵は結婚し、夫の陽介と暮らし始めた。
陽介は元々、朝はコーヒーだけで済ませる派だったが、恵の味噌汁を一度飲んでからは、「これを飲むと会社に行く元気が出る」と言ってくれるようになった。
二人で暮らす食卓には、自然と味噌汁が並ぶようになった。
結婚から数年後、子どもが生まれると、恵の味噌汁作りはさらに張り合いを増した。
子どものために野菜を細かく刻み、栄養を考えながら具材を選ぶ。
子どもがまだ小さな口で「あったかい」と言って笑うと、恵は母や祖母から受け継いだものを次の世代につなげられたような気がした。

ある日の休日、恵はふと、これまで自分を支えてきた味噌汁のことをノートに書き留めてみた。
どの味噌を使ったとき心が落ち着いたか、どの具材を入れたら夫や子どもが喜んだか。
ページが増えるごとに、ただの食事ではなく、人生を彩る「物語」として味噌汁が積み重なってきたのだと気づいた。

「味噌汁って、私の人生そのものだな」
そうつぶやくと、窓の外から子どもの笑い声が聞こえた。
恵はノートを閉じ、再び台所に立った。
冷蔵庫を開けると、今日はナスと油揚げが目に入る。
鍋にだしを張り、ナスを切りながら思う。
きっとこの一杯も、誰かの心に残る味になるのだろう、と。

湯気が立ちのぼる鍋を見つめながら、恵は微笑んだ。
お味噌汁はただの食べ物ではない。
人と人をつなぎ、日常を支え、そして過去から未来へと受け継がれていく、大切な物語そのものなのだ。