森の語り部・シロヘビ

動物

深い森の奥、誰も近づかない古い大樹の根元に、一匹の白いヘビが棲んでいました。
名前はシロ。
年齢は誰にもわからず、森の動物たちの間では「千の季節を知る者」として知られていました。

シロは特別な力を持っていました。
森で起こった出来事や動物たちの記憶を、すべて忘れずに語ることができたのです。
鳥が卵を落とした話、川が氾濫した年のこと、そして遠い昔、人間が森に訪れた日のことまで──。

ある日、森に小さなリスの子が迷い込みました。
名前はコロ。
親とはぐれて泣いていたところを、シロが静かに現れました。
「泣くことはないよ。帰り道を知っている。」
低く柔らかな声に、コロは少しだけ安心しました。

シロは森の道をゆっくり進みながら、昔の話を語り始めました。
「この道はね、昔、君のおじいさんも通ったんだよ。あの時は大きな嵐で、木々が倒れ、皆が困っていた。」
コロは涙を拭き、興味深そうに耳を傾けました。
シロの声には、不思議と安心感がありました。

森を進む途中、二匹は枯れた泉の前にたどり着きました。
水が枯れたのは何年も前。
「ここも昔は、きらきらと輝く水で満ちていた。」
そう言うと、シロは泉の縁に体をとぐろのように巻きつけ、しばらく目を閉じました。
すると不思議なことに、地面から少しずつ水が湧き出し始めたのです。
コロは驚き、「どうしてそんなことができるの?」と尋ねました。
シロは微笑むように目を細め、「森の声を聴いているだけだよ」と答えました。

やがて、夕暮れが迫った頃、二匹はコロの巣穴の近くまで来ました。
親リスが心配そうに待っており、コロは走って抱きつきます。
「このお兄ちゃんが助けてくれたんだ!」
「お兄ちゃん…?」とシロは少しだけ苦笑しました。

その夜、コロは眠れず、窓から森を見つめました。
白い影が大樹のほうへ消えていくのが見えます。
コロは決意しました。
――あのヘビのように、森のことをたくさん覚えて、大事にしていこう。

数年後、コロは立派なリスになり、森の若い動物たちに昔話を語るようになりました。
泉が再び水を湛えたこと、嵐を乗り越えた木々のこと、そして白いヘビのことも。

不思議なことに、その後シロの姿を見た者はいませんでした。
けれども、風が木々を揺らす音の中に、あの穏やかな声が聞こえると言う者がいました。

シロはきっと、今もどこかで森を見守りながら、新しい物語を紡ぎ続けているのでしょう。