島の西側に広がる草原に、一匹のマングースが住んでいた。
名前はクー。
小柄でしなやかな体つき、琥珀色の瞳が特徴の若いマングースだった。
クーの住む島には、昔から伝わる言い伝えがあった。
「風の谷にたどり着いた者は、本当の強さを知る」。
マングースの一族にとって“強さ”とは特別な意味を持っていた。
外敵から仲間を守る力、飢えをしのぐ知恵、そして孤独に耐える心。
それらすべてを備えた者こそが“風のマングース”と呼ばれ、リーダーとなる資格を得るのだ。
だが、クーはまだ若く、群れの中でも一番小さく、一度も戦いに勝ったことがなかった。
ヘビに立ち向かう勇敢な兄たちの背中を見ながら、クーは自分の弱さにうんざりしていた。
「強くなりたい。でもどうすればいいんだ?」
ある満月の夜、クーはこっそりと群れを抜け出した。
目指すのは、誰も足を踏み入れたことのないという“風の谷”。
島の東の端にある、霧と岩に包まれた謎の場所だった。
道中、クーは様々な生き物に出会った。
木の上から降ってきたフクロウは、「強さとは、無駄な争いを避ける知恵さ」と教えた。
小さなカニの群れは、「力を合わせることで、大きな敵にも勝てる」と示してくれた。
さらに、老いた野ネズミは「怖がることは悪いことじゃない。それを知って進めることこそが勇気だ」と語った。
数日後、クーは霧の中に立つ一本の大樹のもとにたどり着いた。
そこが“風の谷”だった。
風が常に吹き抜けるその場所で、クーは目を閉じ、風の音に耳をすませた。
不思議なことに、風はまるで言葉のようにささやいていた。
「おまえはもう、強くなっている」
風の言葉に、クーは胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分が強くなるには、誰かと比べて勝つことではなく、自分自身を知ることだったのだ。
恐怖を感じても逃げなかったこと。新しいことを学び、誰かの言葉に耳を傾けたこと。
すべてが自分を少しずつ強くしてくれていた。
帰り道、クーは以前より足取りが軽くなっていることに気づいた。
体が変わったわけじゃない。
けれど、心がしっかりと地に足をつけていた。
群れに戻ると、クーはすぐに試される場面に直面した。
まだ若い弟のリリが、茂みに潜んでいたハブに襲われそうになったのだ。
かつてのクーなら、固まってしまっていたかもしれない。でも今は違った。
クーは一瞬で走り出し、しなやかな体でハブの視界をかき乱し、巧みに弟を守った。
その姿に、兄たちも、群れの長老たちも驚いた。
「まるで……風のようだったな」と、ひとりのマングースがつぶやいた。
それがきっかけで、クーは“風のマングース”と呼ばれるようになった。
力の強さではなく、心のしなやかさと勇気で仲間を守ったその行動は、島のマングースたちにとって新しいリーダーの姿だった。
草原を吹き抜ける風の中、クーは今日も歩き続ける。
小さな体に、大きな強さを宿して。