その町には、昔ながらの駄菓子屋「たけうち商店」があった。
木造の店は時代の流れに取り残されたようにぽつんと立ち、今では店主の竹内トメばあさんが一人で切り盛りしている。
色褪せたのれんをくぐると、カラフルなあめ玉やビニール袋に詰まった駄菓子が並んでいた。
棚の奥に並ぶ瓶の中で、ひときわ控えめにたたずんでいるのが甘納豆だった。
ある日、トメばあさんの店に、一人の青年がやって来た。
二十代後半、スーツ姿に無精ひげという、どこか疲れた風情の男だった。
「甘納豆、ありますか?」
トメばあさんは、棚の奥からガラス瓶を取り出し、小さな紙袋に甘納豆を詰めた。
「一袋、百円ね」
青年は百円玉を手渡しながら、ふと笑った。
「懐かしい味ですね。子供のころ、よく祖母がくれたんです」
「まあ、あんたのおばあちゃんも甘納豆好きだったのかい。昔は、よくお茶請けにしたもんさ」
青年は頷き、しばらく店内を見回していたが、やがてひと言、「うちの祖母も、ここの近くだったんです。もう、亡くなったんですけどね」とぽつりと漏らした。
トメばあさんは目を細めて青年を見つめた。
「そうかい……。もしかして、あんた、秋山さんちの孫じゃないかい? よく来てたよ、あんた。おばあちゃんと一緒に」
青年の目が見開かれた。
「……覚えてるんですか?」
「そりゃ覚えてるとも。おばあちゃん、毎週金曜日に来ては甘納豆を二袋買ってた。『一袋は孫の分、もう一袋は自分の』ってね」
青年は黙って甘納豆の紙袋を見つめた。
袋の中で、砂糖をまぶされた豆がキラキラと光っていた。
「祖母が亡くなったあと、家を整理してたら……この店の袋、何枚か出てきたんです。たぶん、僕にくれるために買って、渡せなかったやつです」
トメばあさんは何も言わず、ゆっくりと棚の下から小さな箱を取り出した。
「ちょっと待ってな……これは、あんたに渡しておくれって、あの人が預けてったもんだよ」
青年は驚いて箱を受け取った。
古びた桐の箱。
中には、小さな便箋が入っていた。
「――ひろしへ。
東京で忙しくしてると聞いています。無理をせず、ちゃんと食べて、ちゃんと寝てください。
甘納豆は、たまには食べてね。おばあちゃんの味、忘れないように」
青年は言葉を失い、静かに涙を流した。
「……祖母、ずっと僕のこと、見ててくれたんですね」
「見てたさ。あんたがこの町を出たあとも、ずっと心配してたよ。『あの子、ちゃんと朝ごはん食べてるかしら』なんてね」
甘納豆の甘さが、青年の舌の上に広がる。
けれどその甘さは、ただの砂糖ではなかった。
遠い日のぬくもり、家族の記憶、そして、もう会えない人の優しさが染み込んでいた。
それから青年は、月に一度、「たけうち商店」に通うようになった。
彼は甘納豆を買い、店の奥にある小さな椅子に腰掛け、トメばあさんとたわいのない話をした。
まるでそこに、亡き祖母のぬくもりがまだ残っているように。