マコトは、カラフルなお菓子が好きだった。
いや、「好き」という言葉では足りない。
赤、青、緑、黄色、オレンジ、ピンク……パレットのように並んだキャンディやグミを見るだけで、彼の心は躍った。
色が多ければ多いほど、味も香りも想像力も広がるのが楽しくてたまらなかった。
マコトが住む町には、小さな駄菓子屋が一軒だけあった。
「アメノヤ」と書かれた木の看板は色あせていたが、ショーケースの中だけは、いつもきらきらと輝いていた。
その店の奥に、マコトだけが知っている「特別な棚」がある。
ある日、マコトは学校の帰り道にアメノヤへ立ち寄った。
「こんにちは」と言いながら引き戸を開けると、鈴の音が優しく鳴った。
いつものように棚の奥へ進むと、そこに「虹色キャンディ」という見たことのないお菓子があった。
七色に光る透明な飴玉が、小さなガラス瓶にぎっしり詰まっている。
値札には「ひとつ50円 たべるとひみつがきける」と書かれていた。
「秘密が聞ける?」
マコトは首をかしげながらも、興味に勝てず一本を買った。
レジにいた店主のおばあさんは、目尻にしわを寄せてにっこり笑った。
「くちにいれると、しゃべりだすよ。そのキャンディはね、話したい気持ちがたまったものからできてるんだよ」
意味がよくわからなかったが、家に帰って試してみようとポケットにしまった。
その夜、マコトはこっそり布団の中でキャンディを口に入れた。
すると、甘い風味がふわっと広がると同時に、耳元で声がした。
「ねえ、きいて。ぼく、ほんとはピアノがひきたかったんだ……」
驚いてキャンディを取り出すと、声は止んだ。
再び口に入れると、また別の声がした。
「わたし、いつも明るくしてるけど、本当はすごくさみしいの……」
それは、誰かの「本音」だった。
どうやら、この飴は誰かの心の中にある「話したくても話せない秘密」が閉じ込められているらしい。
マコトは驚きながらも、どこかで聞いたような声に心を引かれた。
次の日、彼は学校で耳を澄ました。
すると、クラスメートのユウタが音楽室をじっと見ていたり、明るいアヤが一人でいる時に静かにため息をついているのを見かけた。
キャンディの声は、彼らのものだったのかもしれない。
その日から、マコトは毎日一本だけ虹色キャンディをなめた。
秘密を聞いたからといって、誰かに話すことはなかった。
ただ、そっとその人のそばに行き、声をかけることが増えた。
「ユウタ、ピアノうまいって先生言ってたよ。今度、聴かせてよ」
「アヤ、放課後、いっしょに帰らない?」
相手は最初戸惑ったが、次第に笑顔を見せてくれるようになった。
秘密は、暴かれるためではなく、理解されるためにあった。
春が終わるころ、アメノヤの特別な棚から、虹色キャンディは消えていた。
マコトは少しだけ寂しさを覚えたが、心には温かいものが残っていた。
それからもマコトは、カラフルなお菓子を集め続けた。
どこかに、まだ知らない誰かの「秘密」がある気がして。
それに、色とりどりのお菓子を見るたびに思い出すのだ。
人の心もまた、単色じゃない。
甘いだけじゃなく、すっぱいことも、ちょっと苦いこともある。
でも、それらが混ざってこそ、美しい色になるのだと。