陶芸家の浅井拓実は、夕暮れ時の商店街を歩いていた。
新しい作品の着想を得るため、異国の食材を扱う「カサ・デル・ソル」という店に立ち寄るのが彼の習慣だった。
店内にはスパイスの香りが漂い、色とりどりの瓶や袋が並んでいる。
その中で、彼の目を引いたのは小さなガラス瓶に詰められたオリーブの塩漬けだった。
濃い緑の実が透き通った塩水に浸され、光を受けて艶めいていた。
その姿に、陶器の釉薬のような魅力を感じ、彼は迷わず手に取った。
家に戻り、早速オリーブの瓶を開けると、潮の香りがふわりと立ち上った。
ひとつ摘み、口に運ぶ。
途端に強烈な塩気とわずかな苦味が舌を襲った。
思わず顔をしかめ、水を口に含んだ。
想像していたよりもずっと塩辛く、正直そのままでは食べられたものではなかった。
だが、拓実はすぐに諦める性格ではない。
一つの素材が持つ可能性を探ることは、彼にとって陶芸と同じく魅力的な作業だった。
まずは塩抜きを試みる。
ボウルに水を張り、オリーブを浸して一晩置いた。
翌朝、再び口にしてみると、まだ塩気は強かったが、初めの刺すような塩辛さは和らいでいた。
さらに半日置いてみると、ようやくまろやかな塩加減になった。
しかし、これだけでは物足りない。
オリーブは単なる塩味だけでなく、香りやコクを引き出すことで本来の美味しさが現れるのではないか。
彼は料理本を開き、オリーブに合う味付けを探した。
オリーブオイル、ニンニク、レモン、ハーブ……どれも相性が良さそうだ。
試しに、塩抜きしたオリーブにオリーブオイルをまぶし、スライスしたニンニクとローズマリーを加えて一晩寝かせることにした。
翌日、恐る恐る口にしてみると、驚くほど風味が豊かになっていた。
塩気が抑えられた分、オリーブの旨みが際立ち、オイルとニンニクの香ばしさがそれを引き立てていた。
この発見に興奮した拓実は、さらに試行錯誤を重ねた。
オリーブを刻んでクリームチーズと混ぜ、バゲットに塗ると、塩気とコクが絶妙に調和した。
トマトとバジルとともにタプナードを作ると、ワインとの相性が抜群だった。
パスタに加えれば、ほどよい塩気と香りが料理に深みを与えた。
こうして、彼のオリーブ探求は次第に広がっていった。
ある日、彼は自身の陶器作品を展示する小さなイベントを開いた。
その際、訪れた客に試食用としてオリーブのマリネを振る舞った。
すると、思いのほか好評だった。
「こんな食べ方があるんですね」「オリーブって苦手だったけど、これは美味しい」と喜ぶ声を聞き、彼は心のどこかで満足感を覚えた。
陶器を通じて何かを伝えるのと同じように、食べ物でも人を驚かせ、楽しませることができるのだと気づいた。
それからというもの、彼の作品展ではオリーブを使った料理が欠かせないものとなった。
訪れた人々がオリーブの味に驚き、その魅力を知ってくれることが、彼にとって新たな喜びとなった。
最初はただ興味本位で手に取ったオリーブの塩漬けが、彼の世界を広げるきっかけとなったのだ。
オリーブのように、一見クセのあるものも工夫次第で美味しくなる。
そんなことを考えながら、拓実は今日も新しい陶器と、新しいオリーブのレシピを探求し続けている。