甘い風にのせて

食べ物

古びた縁日の一角に、昔ながらのわたあめ屋台があった。
その店を切り盛りするのは、70代の職人・源次郎だった。
源次郎は若いころからこの道一筋。
彼のわたあめはふんわりと軽く、雲のように大きく、そして何よりも、どこか懐かしい味わいがあると評判だった。

源次郎の店は今では珍しい手回し式のわたあめ機を使っていた。
彼は機械を回しながら、まるで舞踊を踊るように軽やかに、白い砂糖の糸を巻き取っていく。
その姿を見た子どもたちは目を輝かせ、大人たちは童心に帰るような気持ちになるのだった。

しかし、源次郎の心の中には少しばかりの迷いがあった。
時代は変わり、縁日は昔ほどの賑わいを見せなくなった。
大型テーマパークやネット通販が主流となり、手作りのわたあめを求める人も少なくなっていた。
「こんな時代に、わたあめなんて古臭いものが必要とされるのだろうか?」と、彼は時折思った。

ある日、縁日を訪れた10歳くらいの少女が店先で立ち止まった。
彼女は障害を持つ足のせいで、杖をつきながらゆっくりと歩いていた。
源次郎は気づかないふりをしながら、彼女の視線がわたあめ機に注がれているのを感じ取った。

「ねえ、おじいちゃん。これ、どうやって作るの?」と、少女が小さな声で尋ねた。

「ほう、興味があるのかい?」源次郎は笑みを浮かべて答えた。
「砂糖をこの中に入れて、熱を加えて回すと、細い糸が出てくるんだ。それをこうやって、棒に巻きつけるんだよ。」

源次郎はわたあめを作る手順を丁寧に見せながら、少女にも棒を持たせてみた。
「ほら、少しずつ回してごらん。」
少女は目を輝かせながら初めての体験に夢中になった。

出来上がったわたあめを手にした少女は、喜びいっぱいの笑顔で「ありがとう!」と叫んだ。
その姿を見た源次郎は、胸の奥に暖かいものが広がるのを感じた。
彼の中の迷いが少しずつ晴れていくようだった。

その後、少女は母親とともに屋台を後にしたが、母親が帰り際に「娘は生まれてからずっと病院を行き来しているんです。
でも、今日はあなたのおかげで久しぶりに笑顔を見せてくれました。本当にありがとうございました」と感謝の言葉を残していった。

その日、源次郎は夜空を見上げながら思った。
「わたあめは、ただの砂糖の塊じゃない。あの子に笑顔を届けたように、誰かの心を少しでも軽く、甘くすることができるんだ。」

次の朝、源次郎は新しい屋台のデザインを考え始めた。
もっと目立つように色鮮やかに飾りつけ、わたあめに色付きの砂糖を混ぜて新しいバリエーションを作ることを思いついた。
そして子どもたちが自由にデザインできる「わたあめ体験コーナー」を設ける計画を立てた。

数か月後、源次郎の屋台は再び縁日の注目を集めるようになった。
彼のわたあめは単なる食べ物ではなく、人々の心を甘く癒やす魔法のような存在となっていった。
そして源次郎は確信した。
わたあめ職人としての自分の仕事には、まだまだ意味があるのだと。

甘い風にのせて、源次郎のわたあめは今日も笑顔を運んでいる。