緑の味わい、心のぬくもり

食べ物

春の柔らかな光が差し込む田舎町の一軒家。
その家の庭には、見事な畑が広がっていた。
青々とした小松菜、ほうれん草、菜の花など、さまざまな緑の葉野菜が風に揺れている。
この家に住むのは、70歳になる佐藤みつえさん。
彼女は「おひたし作りの名人」として地元で知られている。

みつえさんの一日は早朝から始まる。
まだ日が昇りきらないうちに畑に出て、野菜の状態を確かめる。
葉の色や触り心地を確かめながら、「今日はこの小松菜がちょうどいい」と決めると、丁寧に収穫を始める。
彼女が作るおひたしは、地元の祭りや集会でも大人気だ。
「どうしてこんなに美味しいの?」とよく聞かれるが、彼女は決まってこう答える。
「新鮮な野菜と愛情が秘訣よ。」

みつえさんが初めておひたしを作ったのは、まだ10代の頃だった。
両親が農家を営んでおり、家にはいつも採れたての野菜があった。
ある日、母が作ったおひたしを食べたとき、その優しい味に感動したみつえさんは、自分でも作ってみたいと思った。
最初は茹で過ぎたり、味付けが薄かったりと失敗ばかりだったが、母に教わりながら少しずつコツを掴んでいった。

歳月が流れ、みつえさんは結婚して家を出たが、おひたし作りへの情熱は変わらなかった。
夫の信夫さんは都会育ちで、野菜料理にはあまり興味がなかったが、みつえさんのおひたしを初めて食べたとき、その美味しさに驚き、毎日のように「また作ってほしい」と頼むようになった。
信夫さんは「みつえのおひたしを食べると、心が落ち着くんだ」とよく言った。

信夫さんが亡くなった後、みつえさんは一人暮らしになった。
しかし、彼女は寂しさを感じる暇もないほど忙しかった。
地元の子どもたちに料理を教えたり、お年寄りたちにおひたしを振る舞ったりと、彼女の生活は充実していた。
「野菜ってね、人を笑顔にする力があるのよ」とみつえさんはよく言う。
その言葉通り、彼女の作るおひたしを食べた人々は皆、ほっとした表情を浮かべて帰っていく。

ある日、地元の小学校から「おひたし教室を開いてほしい」と依頼が来た。
みつえさんは喜んで引き受けた。
当日は20人以上の子どもたちが集まり、みつえさんと一緒に野菜を収穫し、洗い、茹でる作業を楽しんだ。
子どもたちは「おひたしってこんなに簡単に作れるんだ!」と目を輝かせ、出来上がったおひたしを嬉しそうに食べていた。

「おひたしはね、シンプルだけど奥が深いの」とみつえさんは子どもたちに話した。
「野菜の味を大切にして、手を抜かずに作れば、きっと誰かの心を温める料理になるのよ。」その言葉は、子どもたちの心に深く刻まれた。

季節が変わり、秋になったある日、みつえさんの家に一通の手紙が届いた。
それは、おひたし教室に参加した一人の小学生からだった。
「みつえさんのおかげで、おひたしが大好きになりました。家でも家族に作ったら、みんなが喜んでくれました。ありがとう!」という内容だった。
その手紙を読んだみつえさんの目には、涙が浮かんでいた。

「おひたしは、ただの料理じゃないのね」とみつえさんは静かに呟いた。
「人と人をつなぐ、優しい橋のようなもの。」

その日も、みつえさんは畑に出て、小松菜を収穫した。
そして、愛情を込めておひたしを作り、静かに微笑んだ。
彼女の作るおひたしは、これからも多くの人の心を温め続けるだろう。