旅するホテル評論家

面白い

佐々木悠斗(ささき・ゆうと)は、旅とホテルを愛する男だった。
学生時代からバックパック一つで国内外を巡り歩き、やがて「ホテルそのものが旅の目的地になり得る」ということに気づいた。
特に豪華なリゾートホテルから、歴史ある老舗旅館、個性あふれるデザイナーズホテルに至るまで、宿泊施設そのものの文化や物語に惹かれていった。

そんな悠斗が社会人になって手にした職業は、意外にも普通のサラリーマンだった。
日々の仕事に追われる中で、彼の唯一の楽しみは週末のホテル滞在だった。
どれだけ忙しくても、月に一度は普段とは違うホテルで一泊し、非日常を味わうことを心がけていた。

ある日、彼の生活に転機が訪れる。
SNSに投稿していたホテルレビューが徐々に注目を集め、ある出版社から「ホテルレビューのエッセイを書いてみませんか」と声がかかったのだ。
初めは趣味の延長として引き受けた仕事だったが、次第にその活動は本業以上の熱意を持って取り組むものへと変わっていった。

悠斗の特徴は、ホテルそのものだけでなく、そこに紡がれる物語を掘り下げることだった。
たとえば、京都の老舗旅館では代々受け継がれてきたおもてなしの心を現地スタッフから直接聞き出したり、北海道の大自然に溶け込むエコリゾートでは、地元の環境保護活動に取り組むオーナーの哲学を深掘りしたりした。
「ホテルはただの建物ではない。それを作り、運営し、訪れる人々が織り成す一つの物語だ」と彼は語る。

その姿勢は読者にも好評を博し、悠斗のエッセイは旅行好きだけでなく、ホテル業界関係者の間でも話題となった。
やがて彼は本格的に会社を辞め、「ホテル評論家」として独立することを決意する。

ある時、彼は東京の最新鋭ラグジュアリーホテルを取材していた。
誰もが憧れるそのホテルには、最先端の設備と一流のサービスが揃っていたが、そこで働くスタッフとの対話を通じて、内部に抱える課題や苦悩にも触れることになる。
「華やかな表舞台の裏側には、そこを支える人々の努力や苦労がある。
それも含めてホテルの物語なんだ」と彼は思った。
悠斗はその取材内容を、単なる美しいレビューではなく、人間味あふれる物語として紡ぎ出した。
その結果、ホテル業界の現状を考えるきっかけを多くの読者に提供したのだった。

悠斗の旅は終わらない。
泊まるホテルの種類も、訪れる国も、彼の物語も進化を続けている。
最近では、地方の小さなゲストハウスや、歴史的価値のある洋館ホテルなど、さらに多様な宿泊施設を取材するようになった。「ホテルを巡ることは、人生を巡ることと同じだ」と彼は語る。
「一つ一つの出会いが、新しい視点や価値観を与えてくれる」。

どこかのホテルの一室でノートパソコンを叩く悠斗。
窓の外には、また新しい旅が待っている。