春川志乃(はるかわしの)は、寝るのが趣味の25歳。
彼女は「寝る」という行為そのものに魅了されていた。
ベッドに横たわり、毛布に包まれる瞬間の心地よさ。
瞼が重くなり、意識がゆっくりと夢の世界へと溶け込む過程。
そのすべてが彼女にとって、他の趣味と比べ物にならない至福の時間だった。
志乃は普通の会社員で、日中はデスクワークに追われていたが、夜が近づくにつれ、心は高揚し始める。
どんな日であっても、彼女の頭の片隅には「今夜はどんな夢が見られるだろう?」という期待があった。
彼女は夢を覚えておくのが得意で、夢日記を毎日つけていた。
それは子供の頃に見た白馬の夢から、最近見たアクション映画のような冒険の夢まで、細かく記録されていた。
ある晩、志乃はいつものようにベッドに潜り込んだ。
今日も疲れを洗い流すように心地よい眠りが訪れるはずだった。
しかし、目が覚めたとき、そこには信じがたい光景が広がっていた。
志乃が目を覚ました場所は、どこか幻想的な森の中だった。
柔らかい光が差し込み、色とりどりの花々が咲き乱れる美しい世界。
遠くには小川のせせらぎが聞こえ、鳥たちが美しい声で歌っている。
「ここは……夢?」
志乃は呟きながら自分の頬を軽くつねった。
痛みを感じることはなかったが、何かが違う。
普通の夢とは違う現実感がそこにはあった。
「ようこそ、夢の国へ。」
突然、背後から優しい声が聞こえた。
振り向くと、そこには銀色の髪を持つ不思議な女性が立っていた。
彼女は薄いローブを纏い、その顔には温かな微笑みを浮かべていた。
「私はリュミナ。この国を司る者よ。」
志乃は驚きつつも、興味津々で話を聞いた。
リュミナは「夢の国」と呼ばれるこの場所について説明した。
ここは人々の夢が具現化し、様々な物語が織りなされる世界。
特定の条件を満たした者だけが、意識を持ってこの場所に来ることができるのだという。
「貴方は特別よ。こんなにも夢を愛して、夢を記録し続けた人は珍しいわ。」
リュミナの言葉に、志乃は胸が高鳴った。
この夢の国でなら、自分が体験したかったすべての冒険や物語が現実のように楽しめるのではないか、と。
その日から志乃は毎晩「夢の国」を訪れるようになった。
彼女はそこに住む住人たちと友達になり、壮大な冒険に出たり、美しい景色を堪能したりした。
目覚めた後も、その経験ははっきりと記憶に残っており、ますます彼女を夢の魅力に引き込んだ。
しかし、ある日リュミナが深刻な表情でこう告げた。
「志乃、この国に居すぎると、現実に戻れなくなる危険があるの。」
志乃は戸惑った。現実の世界は疲れやストレスに満ちていたが、それでも家族や友人たちがいる大切な場所だった。
だが同時に、この夢の国も彼女にとってはかけがえのない居場所となっていた。
志乃は悩んだ末、リュミナにこう答えた。
「現実を大事にするために、夢を続けるよ。だから、私がここに来るのを見守っていてほしい。」
リュミナは微笑み、優しく頷いた。
その後も志乃は夢の国と現実の世界を行き来しながら、自分らしい人生を生きていった。
彼女にとって、寝ることは単なる休息以上の意味を持つ。
「夢」と「現実」という二つの世界をつなぐ扉だったのだ。