町外れにある古びたアパート、その一室に住む佐藤直人は、物心ついた頃からラジオが好きだった。
家族と過ごす食卓ではテレビが主役だったが、直人だけは音だけで広がる世界に夢中だった。
彼がラジオに惹かれた理由の一つは、誰にも邪魔されずにその世界に浸れることだった。
耳をすませば、目の前の現実から離れ、自分だけの物語を描くことができる。
大学生になった直人は、一人暮らしを始めると同時に、ますますラジオとの距離を縮めた。
特にお気に入りの番組は、夜10時から始まる「星空トーク」。
パーソナリティの遥香さんの柔らかい声と、リスナーの投稿が織りなす会話は、直人にとって日常の疲れを癒す時間だった。
彼は大学での授業やアルバイトの合間に、番組へのメッセージを書き、何度か採用されたこともあった。
遥香さんが自分の投稿を読んでくれると、まるで自分だけの秘密の会話をしているような気分になった。
ある日の放送で、遥香さんがこんな話をした。
「今夜のテーマは『あなたの夢』です。子どもの頃から追いかけてきた夢、大人になってから見つけた夢、なんでもいいので教えてくださいね。」
直人は筆を取り、正直な気持ちを綴った。
「僕の夢は、遥香さんのように、人の心に寄り添えるラジオパーソナリティになることです。でも、話すことが苦手で、自信がありません。リスナーとして皆さんの投稿を聞くのが好きだけど、自分が話す側になるなんて無理だと思っています。」
メッセージを送信した直後、直人は後悔した。
こんな弱音を吐いたところで、どうしようもないと思ったからだ。
しかし、翌週の放送で、そのメッセージが読まれた。
「直人さん、メッセージありがとうございます。」遥香さんの声がスピーカーから流れる。
「自分の夢に向き合うって、すごく勇気のいることだと思います。でも、完璧じゃなくてもいいんです。私も最初は話すことが苦手で、何度も挫折しました。でも、リスナーの皆さんが私を支えてくれて、今の自分があります。直人さんも、きっと誰かの支えになれると思いますよ。」
その言葉を聞いた直人の胸に、じんわりと暖かいものが広がった。
それから彼は少しずつ行動を起こし始めた。
大学の放送研究会に入部し、小さなラジオドラマの脚本を書いたり、自分の声を録音してみたり。
最初は下手くそだったが、仲間と共に試行錯誤する中で、少しずつ自信をつけていった。
卒業後、直人は地元のコミュニティラジオ局で働き始めた。
初めて自分がパーソナリティを務めた番組では、緊張して言葉に詰まることもあった。
それでも、少しずつリスナーの声が届き始めた。
ある日、手紙が届いた。
「直人さんの声を聞くと、不思議と元気が出ます。忙しい日々の中で、あなたの番組が私の癒しです。」
その手紙を読みながら、直人はふと思った。
昔、自分が遥香さんの番組に救われたように、今度は自分が誰かの心に寄り添っているのかもしれない。
ラジオから流れる音の中で見つけた夢。
それは、遠い昔、夜の静けさの中で直人が感じた小さな温もりが形を変え、今も誰かの胸を温め続けているのだった。