昭和の時代から続く、小さな駄菓子屋が町外れにぽつんと佇んでいた。
木造の古い建物で、看板は色あせて文字もかすれている。
それでも、近所の子供たちには宝物のような場所だった。
色とりどりの包装紙、チープでありながらどこか懐かしい味わいの菓子たちが所狭しと並べられている。
中でも常連だったのが小学校六年生の大輝(だいき)だ。
彼は毎日学校帰りに駄菓子屋「たからばこ」に寄るのが日課だった。
駄菓子を買うためにお小遣いを大事に貯め、10円や20円の小銭を握りしめて扉をくぐるとき、彼はまるで冒険の入り口に立ったかのように胸が高鳴った。
大輝が特に好きだったのは「くじ引きガム」だ。
10円の小さなガムに運試しが付いてくるのがたまらなかった。
「当たり」の紙が出るともう一個もらえる仕組みだ。
彼は手先が器用で、ガムの裏側のちょっとした厚みや感触で当たりを見分ける方法を見つけていた。
これが密かな得意技で、駄菓子屋の店主であるおばあちゃんにばれないよう、慎重にくじ引きを楽しんでいた。
ある日、大輝はいつものように「たからばこ」に寄った。
だが、その日は少し様子が違った。
おばあちゃんが不在で、見慣れない中年の男性が店番をしていたのだ。
聞けば、おばあちゃんは腰を痛めて入院中とのこと。
その日から店番は息子の正夫さんがすることになった。
正夫さんは無愛想で、子供たちが駄菓子をじっくり選ぶのをじれったそうに眺めていた。
大輝も少し居心地の悪さを感じたが、それでも駄菓子の魔力には逆らえなかった。
いつも通り、くじ引きガムを手に取るとき、正夫さんが低い声で話しかけてきた。
「お前、くじ引きの当たりばっかり出してないか?」
一瞬、心臓が止まるかと思った大輝は、慌てて否定しようとしたが、言葉が出てこない。
しかし、正夫さんはニヤリと笑い、こう言った。
「まあいい、でもこれからはちゃんと引けよな。」
その日はそれ以上何も言われなかったが、大輝はなんだか気まずくて急いで店を出た。
それでも次の日もその次の日も、結局「たからばこ」に足が向いてしまう自分がいた。
ある夕方、店の奥で何やら小さな音がするのに気づいた。
覗いてみると、正夫さんが駄菓子の箱を整理しながら、古びた帳簿を眺めていた。
帳簿には商品名や仕入れ価格、そして売り上げが細かく記されていたが、数字は赤字ばかりだった。大輝は息を飲んだ。
「もうじき、店を閉めるかもしれないな。」
正夫さんの独り言が静かな店内に響いた。
大輝は衝撃を受けた。
あの宝物のような場所がなくなってしまうのだろうか。
その夜、大輝は自分にできることを考えた。
そして次の日の放課後、友達数人と一緒に「たからばこ」に集まった。
大輝は友達に、ここがどれだけ素敵な場所かを熱く語り、みんなで駄菓子をたくさん買う計画を立てた。
正夫さんはその様子を見て、不思議そうに首をかしげたが、子供たちが笑顔で駄菓子を選んでいるのを見て、少しだけ表情が柔らかくなった。
「ありがとうな、お前ら。」
そう呟いた正夫さんの顔は、少しおばあちゃんに似ているように見えた。
店を続けられるかどうかは分からない。
それでも、大輝にとって「たからばこ」は永遠に心の中に残る場所になるだろう。
彼はくじ引きガムを手に取りながら、そっと決意した。
いつか自分が大人になったら、こんな小さな夢が詰まった場所を守れる人になりたいと。