小さいころから光の魔法に魅了されていた少女、咲良(さくら)は、家族の古いアルバムを何度も何度も繰り返し眺めていた。
アルバムに並ぶ写真は、彼女の知らない時代の景色や家族の笑顔を鮮やかに切り取っており、その瞬間に存在していた証そのものだった。
「写真って、どうしてこんなに特別なの?」そう母に尋ねると、母は優しく笑って言った。
「写真はね、その瞬間を永遠に閉じ込める窓なのよ」。
その言葉は咲良の胸に深く刻まれた。
いつか自分もそんな「窓」を作る人になりたい――そう心に決めたのは、小学校の卒業文集に「写真家になりたい」と書いた頃だった。
中学生になると、彼女はお年玉を貯めて中古のデジタルカメラを手に入れた。
そのカメラは傷だらけで、最新の機能はなかったけれど、咲良にとっては宝物だった。
彼女は毎日カメラを持ち歩き、学校の校庭の花や街中の風景、家族や友人たちを夢中で撮影した。
カメラを通じて見る世界はどれも新鮮で、普段は見過ごしてしまうような小さな美しさに気づくことができた。
特に、雨上がりの空にかかる虹や、夕焼けに染まる空のグラデーションに心を奪われた。
「あなたの写真、すごく素敵だね」と友人に褒められると、咲良の心は一層燃えた。
高校では写真部に入部し、コンテストに挑戦するようになった。
最初はなかなか結果が出なかったが、ある日、彼女が撮った「霧の中の森」が地方の写真展で入賞を果たした。
その瞬間、彼女は自分の夢に一歩近づいた気がした。
しかし、夢への道は平坦ではなかった。
大学進学を控えた頃、家族の経済的な事情で写真の専門学校に通うのは難しいと言われた。
父は「安定した職業を選んでほしい」と願い、写真家になる夢を反対した。
咲良は悩みながらも、地元の大学に進学し、アルバイトで撮影の機材を揃える道を選んだ。
日中は大学で勉強し、夜は居酒屋で働きながら、休みの日にはカメラを持って撮影に出かけた。
そんなある日、彼女の撮った一枚の写真がSNSで注目を集めることになる。
冬の早朝に撮影した「雪の中の猫」が、静かながらも力強い生命の美しさを映し出していた。
コメント欄には「この写真に救われた」「心が温まった」という言葉が並び、咲良は改めて写真の力を実感した。
大学卒業後、彼女はついにプロの写真家として歩み始めた。
最初は地元の小さな写真スタジオで働き、家族写真や結婚式の撮影を担当した。
派手な仕事ではなかったが、写真を通じて人々の大切な瞬間を形に残すことに誇りを感じた。
そして数年後、彼女は自分の写真展を開くという夢を実現する。
写真展のテーマは「日常の奇跡」。
通勤途中の人々が見過ごす街角の花、都会の夜空に輝く星、子どもたちの無邪気な笑顔――咲良の写真には、どれも「普通の中に潜む特別さ」が映し出されていた。
その写真展は大きな反響を呼び、彼女の名は少しずつ広がっていった。
ある日、彼女の写真展を訪れた母がこう言った。
「咲良、あなたの写真は本当に窓ね。この世界がどんなに美しいか、人に教えてくれる窓よ」。
その言葉を聞いた咲良は、幼い頃の自分を思い出しながら静かに微笑んだ。
咲良は今も、世界中を旅しながらカメラを手にしている。
彼女が夢見るのは、次の「窓」を開くこと。
そして、誰かの心に光を届けること。
それが、写真家としての彼女の使命だった。