小さな町の一角に、古びた骨董品店があった。
その店の名前は「福来堂(ふくらいどう)」。
店主の名は佐藤光子(さとうみつこ)、70歳を超えた小柄な女性で、銀色の髪を後ろで結んだ姿が特徴的だった。
光子の店には、時代を経た器や時計、着物などが並べられ、特に店の隅に並んだ「招き猫」たちが目を引いた。
光子はその招き猫たちを、ずっと大切にしていた。
招き猫とは、日本で古くから商売繁盛や幸運を招くと信じられている置物だ。
右手を上げている猫はお金を招き、左手を上げている猫は人を招くとされている。
光子の店にある招き猫たちは、色とりどりで、様々な表情をしていた。
光子は小さい頃から招き猫が大好きだった。
彼女の祖母が営んでいたお店のレジの横にも、いつも一匹の大きな招き猫が鎮座していた。
祖母は光子に「この猫がいつも私たちを守ってくれるのよ」と話してくれた。
その言葉が、光子の心に深く刻まれたのだ。
ある日、福来堂に一人の青年がやってきた。
名前は高橋健一(たかはしけんいち)。
30代半ばで、仕事に追われ、疲れきった表情をしていた。
彼は最近転職し、新しい職場でのプレッシャーや、人間関係に悩んでいた。
その日は仕事の帰り道、何となく古びた店に惹かれて、立ち寄ったのだ。
「いらっしゃいませ」と光子が柔らかな笑顔で迎えた。
「すみません、特に探しているものはないんですが、ちょっと見させてもらってもいいですか?」と健一は遠慮がちに尋ねた。
「もちろん。ゆっくりご覧になってくださいね」と光子は丁寧に答えた。
店内を歩き回っていると、健一は一つの招き猫に目が止まった。
その猫は白地に金色の模様が施され、左手を上げて微笑んでいる。
なぜかその猫が自分に語りかけているような、不思議な感覚を覚えた。
彼は思わずその猫を手に取り、近くの光子に声をかけた。
「この招き猫、何か特別な意味があるんですか?」
光子は一瞬考え、にこやかに答えた。
「これはね、幸運を呼び込む猫なんですよ。古くから、出会うべき人に出会い、困難な時でも支えてくれる力を持っていると言われています。あなたがこの猫に引き寄せられたのは、何か縁があるのかもしれませんね。」
健一はその言葉を聞いて心が軽くなるのを感じた。
何か運命のようなものを感じたのだ。
今の自分にこそ、この猫が必要なのかもしれない。
彼は思い切ってその招き猫を購入することにした。
「これを買います」と健一が言うと、光子はうれしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。この猫があなたの力になりますように」と彼女は深々と頭を下げた。
その日から健一の生活には、少しずつ変化が訪れた。
まず、仕事で悩んでいた人間関係が改善し、上司とのトラブルも自然と解決した。
そして新しい友人たちとも出会い、気づけば職場でも孤立することなく、徐々に信頼を築くことができた。
健一はその度に、あの招き猫の存在を思い出した。
部屋の棚に置かれた猫は、いつも静かに微笑んで、彼を見守っていたのだ。
健一は猫に感謝し、その存在が自分を支えてくれていることを確信するようになった。
それから半年が経ち、健一は再び福来堂を訪れた。
光子にあの猫のおかげで人生が好転したことを伝えたかったのだ。
「佐藤さん、本当にありがとうございます。あの招き猫が僕に幸運を運んでくれました。」
光子は静かに彼の話を聞き、にっこりと微笑んだ。
「それは良かったですね。でも、その猫が運んできたのは、ただの幸運ではなく、あなた自身が変わるきっかけだったのかもしれませんね。自分の力を信じること、それが本当の幸運ですから。」
健一はその言葉に深く頷いた。
光子の言う通り、自分が変わり、前向きに考えるようになったことで、周囲との関係や仕事もうまくいき始めたのだ。
猫はその手助けをしてくれただけで、幸運の本質は自分自身の心にあったのだ。
健一はその日、再び光子に感謝の言葉を伝え、店を後にした。
彼の胸の中には、静かな自信と希望が満ちていた。
そして、彼の部屋の棚には、今も微笑む招き猫が、彼を見守っている。
これからも、その猫は彼の幸運の象徴として、そばに居続けるのだろう。