商店街のはずれに、小さな掲示板がある。
雨にも風にも少し曲がってしまった、古い木の掲示板だ。
そこにはよく「迷い猫」や「落とし物」の紙が貼られている。
その日、新しい紙が一枚貼られていた。
――迷子のしあわせ見つけました。心あたりのある方は、夕方までにパン屋の前まで。
書いた人の名前はなかった。
学校の帰り道、ぼくはその紙の前で立ち止まった。
「迷子のしあわせって、なんだろう」
お金でも、猫でも、鍵でもない。
しあわせが迷子になるなんて聞いたことがない。
気になって、ぼくは紙に書かれていたとおり、商店街のパン屋へ行ってみることにした。
夕方のパン屋の前には、まだ少しあたたかいパンの匂いが漂っていた。
店の前のベンチに、小さな箱が置かれている。
箱の横には、あの紙と同じ字でこう書かれていた。
――迷子のしあわせはこちら
ぼくはそっと箱をのぞいた。
中には、きらきらした宝物が入っている……わけではなかった。
入っていたのは、紙切れが何枚も折りたたまれたものだった。
「それ、見つけた人?」
声がして振り向くと、パン屋のおばあさんが立っていた。
ぼくがうなずくと、おばあさんはやさしく笑った。
「それね、最近このあたりに落ちてた“しあわせ”なの」
「紙なのに?」
「開いてみたらわかるよ」
ぼくは一枚、そっと広げた。
そこには、丸っこい字でこう書いてあった。
『今日、帰り道で犬にしっぽをふられた。なんだかうれしかった。』
次の紙。
『電車で席をゆずってもらった。ありがとうって言ったら、相手も笑った。』
また次。
『パン屋のメロンパン、焼きたてでふわふわだった。』
どれも、ほんの小さな出来事ばかりだった。
「ね、しあわせでしょう?」
おばあさんが言った。
「でも……これ、落とした人いるんですか?」
「きっとね、みんな気づかないうちに落としていくんだよ」
ぼくは箱の中をもう一度のぞいた。
紙はまだ何枚もあった。
「ぼく、落としてたのかな」
「あるかもしれないね」
ぼくは少し考えてから、ポケットをさぐった。
鉛筆と、小さなメモ帳が入っていた。
一枚ちぎって、ぼくは書いた。
『今日、迷子のしあわせを見つけた。』
それを箱の中に入れると、おばあさんがくすっと笑った。
「それはね、もう迷子じゃないね」
そのとき、商店街の向こうから風がふいた。
掲示板の紙が、ぱたぱたと揺れる。
ぼくはなんだか少し、わかった気がした。
しあわせは、きっとよく迷子になる。
ポケットの奥や、忙しい毎日のすきまに落ちてしまう。
でも誰かが見つけて、
「ほら、ここにあるよ」って言ってくれると、また思い出せる。
帰り道、ぼくはふと空を見上げた。
雲のすきまから、夕焼けがこぼれていた。
その色は、まるで誰かが落としていった
あたたかいしあわせみたいだった。
そしてぼくは思った。
もしまたどこかで、しあわせが迷子になっていたら――
きっと、ぼくも見つけてあげよう。
小さな紙に書いて、
そっと、あの箱に入れておくために。

