雨が上がったばかりの午後、町の空気はまだ少しだけ水を含んでいた。
アスファルトの上には、小さな水たまりが空を映していて、雲がゆっくり流れている。
学校の帰り道、ぼくはいつもの角で立ち止まった。
本当ならまっすぐ家に帰るはずだけど、今日はなんとなく、別の道を歩きたくなった。
雨あがりの日には、ときどき現れる場所があるからだ。
細い路地を曲がると、そこには小さな建物があった。
古い木の扉の上に、手書きの看板。
「よりみち図書館」
ぼくは扉をそっと押す。
からん、と小さなベルが鳴った。
中は、ほんのりとあたたかい匂いがした。
濡れた土の匂いと、本の紙の匂いが混ざったような、落ち着く匂い。
「いらっしゃい。雨あがりのお客さんだね」
カウンターの奥で、本を読んでいたおばあさんが顔を上げた。
この図書館の司書さんだ。
名前は知らないけれど、いつも笑っている。
「今日はどんな本を探しに来たの?」
ぼくは少し考えてから言った。
「うーん……なんとなく、いい感じの本」
おばあさんはくすっと笑った。
「それなら、今日は棚の三段目かな」
この図書館では、本が毎日少しずつ変わる。
いや、正確には、本の中身が変わる。
ぼくは言われた通り、窓ぎわの棚を見に行った。
三段目には、色とりどりの背表紙が並んでいる。
その中の一冊が、なぜか気になった。
タイトルは
「雨あがりのよりみち」
ぼくは椅子に座って、本を開いた。
ページをめくると、そこには――
今日の町の風景が書かれていた。
学校の校庭。
水たまりを飛びこえる子どもたち。
傘をたたむ先生。
そして最後のページには、こう書いてあった。
「このあと、きみは小さな図書館に寄り道する。」
ぼくは思わず顔を上げた。
司書さんが、にこにこしながらこちらを見ている。
「その本はね、寄り道した人の続きを書く本なんだよ」
「続きを?」
「うん。読んだ人が、続きを作るの」
ぼくはもう一度、本を見た。
最後のページの下に、まだ少しだけ空白がある。
そこに、鉛筆が一本はさんであった。
ぼくは考える。
このあと、どうしよう?
家に帰る?
それとも、もう少し町を歩く?
外を見ると、雲の切れ間から夕方の光がのぞいていた。
濡れた道路が、きらきら光っている。
ぼくは鉛筆を手に取って、空白のページに書いた。
「ぼくは図書館を出て、川まで歩くことにした。」
書いた瞬間、ふしぎなことが起きた。
窓の外から、川の音が聞こえてきたのだ。
さっきまで聞こえなかったのに。
「いい寄り道だね」
司書さんが言った。
「この図書館はね、まっすぐ帰らなかった人のための場所なんだよ」
ぼくは本を閉じて、立ち上がった。
扉の前で振り返ると、おばあさんが手を振っている。
「また雨あがりにおいで」
「どうして雨あがりなんですか?」
そう聞くと、おばあさんは少しだけ考えてから言った。
「雨のあとってね、世界がちょっとだけやわらかくなるでしょう?」
ぼくは外に出た。
空はすっかり晴れていて、
水たまりの中に、もうひとつの空が広がっていた。
川へ向かう道を歩きながら、ぼくはふと思った。
もしかしたら今、
誰かがあの図書館で、ぼくの続きを読んでいるのかもしれない。
そしてページの下には、きっとこう書かれる。
「雨あがりの日、町にはときどき、よりみち図書館が開く。」
もし見つけたら、
少しだけ寄り道してみてほしい。
その本の続きは、
きっと、あなたが書くことになるのだから。


