放課後の屋上は、たいてい風が強い。
フェンスがきしんで、古い貯水タンクがぼうっと夕焼けを映している。
そんな何もない場所に、ある日ぼくは「それ」を見つけた。
給水塔の影に、小さなテントが立っていた。
赤と白のしましま。
子どもの背丈ほどしかない、指でつまめそうなサーカステントだ。
「……え?」
近づくと、テントの入口からちりん、と鈴の音がした。
そして、中から声が聞こえた。
「本日の公演、もうすぐはじまります!」
思わずのぞきこんだ瞬間、ぼくは目を疑った。
テントの中は――広い。
とんでもなく広かった。
丸い舞台。客席。
天井からはブランコ。
まるで本物のサーカス小屋が、そのまま小さくなって詰め込まれているみたいだった。
「お客さんだ!」
声の主は、背の低い団長だった。
赤い燕尾服にシルクハット。
だけど身長は、ぼくの消しゴムくらいしかない。
「ようこそ、ひみつの屋上サーカス団へ!」
気づけばぼくは、テントの中の客席に座っていた。
椅子は小さいのに、なぜか体はちょうどよく収まっている。
「それでは本日の演目!」
太鼓がドン、と鳴る。
最初に出てきたのは、空中ブランコの女の子だった。
細いロープの上を、鳥みたいに軽く跳ぶ。
くるり。
ふわり。
夕焼けの光が天井から差し込み、彼女の髪をオレンジ色に染める。
次は、玉乗りの猫。
次は、空に星を投げる道化師。
道化師が投げた星は、本当に空に浮かんだ。
ぽつん、ぽつんと光って、夜空の星座みたいになる。
「すごい……」
ぼくがつぶやくと、団長がにやりと笑った。
「うちはね、学校で見落とされたものを集めているんです」
「見落とされたもの?」
「失敗したジャンプ。途中でやめた夢。誰にも見てもらえなかった努力」
団長はステッキで舞台を指した。
「それを、もう一度だけ輝かせる。
それが、屋上サーカス団の仕事です」
そのとき、最後の演目が始まった。
「本日の特別出演!」
舞台に出てきたのは――ぼくだった。
「えっ!?」
客席がざわめく。
ぼくはなぜか舞台の中央に立っていた。
団長がこっそり言う。
「きみ、小さいころサーカスの団員になりたかったでしょ」
ドキッとした。
幼稚園のころ、将来の夢を書いた紙。
サーカスの人になりたいって書いた。
でもみんなに笑われて、すぐ忘れた。
団長が帽子を上げる。
「忘れ物、返しておきますね」
天井からブランコが降りてきた。
ぼくはそっとつかむ。
風が吹く。
夕焼けが広がる。
思いきって飛んだ。
ふわり。
体が軽い。
怖くない。
まるで空を泳いでいるみたいだった。
客席から大きな拍手が起こる。
ぼくが着地すると、団長が深くおじぎをした。
「本日の公演、これにて終了!」
気づくと、ぼくは屋上に立っていた。
テントはもうない。
夕焼けだけが残っている。
でも、フェンスに小さな紙が引っかかっていた。
そこにはこう書いてあった。
「また夢を忘れたら、屋上へ」
その日から、ぼくはときどき放課後の屋上に行く。
風の強い日。
夕焼けがきれいな日。
そんな日に、遠くから小さな太鼓の音が聞こえることがある。
ドン。
ドン。
そして風の中に、団長の声がまざる。
「さあ、ひみつの屋上サーカス団――
本日も開演です!」


