きみと笑うための作戦会議

面白い

放課後の図書室には、たいてい誰もいない。
本の匂いと、窓から差しこむ夕方の光が、静かに積もっているだけだ。

けれど、その日だけは違った。

「よし、作戦会議を始めよう」

机の上にノートを広げて、ぼくは言った。
向かいに座るのは、クラスメイトのミナミ。
少し不思議そうな顔をしている。

「ねえ、どうして作戦会議なの?」

「きみを笑わせるためだよ」

ミナミは目をぱちぱちさせた。

最近、ミナミはあまり笑わなくなった。
前はよく笑う人だった。
小さなことで、ころころと笑っていた。
でも、いつからか笑顔が減って、代わりに「だいじょうぶ」が増えた。

だからぼくは決めたのだ。

——きみと笑うための作戦会議をする、と。

ノートの一ページ目には、大きくこう書いてある。

《作戦その1 くだらないことをする》

「たとえば?」

ミナミが聞く。

「たとえば、廊下を歩くとき全部ムーンウォークにする」

「ぜったい先生に怒られる」

「それはそれで面白い」

ミナミの口元が、ほんの少しだけ動いた。
成功率、ちょっとだけ上昇。

ぼくは次のページをめくった。

《作戦その2 世界の秘密を探す》

「世界の秘密?」

「うん。たとえば、この学校の屋上にだけ吹く特別な風とか」

「そんなのあるの?」

「たぶんない。でも探す」

ミナミは少し考えてから言った。

「それ、ちょっと楽しそう」

成功率、また上昇。

さらに次。

《作戦その3 未来の話をする》

「未来?」

「うん。十年後、きみがどこで笑ってるか」

ミナミは窓の外を見た。
夕焼けが、本棚の間に長く影を落としている。

「十年後かあ……」

「そのとき、今日のことを思い出して、ちょっと笑えたらいいなって思う」

しばらく沈黙が続いた。

それから、ミナミはぽつりと言った。

「ねえ」

「なに?」

「どうしてそんなこと考えたの?」

ぼくは少し迷ってから答えた。

「きみが笑ってないと、世界がちょっとだけつまらないから」

ミナミは目を丸くした。

そして——

くすっ、と笑った。

ほんの小さな笑いだった。
でも確かに、そこにあった。

「……変な作戦会議」

「ありがとう」

「まだありがとうって言ってない」

「言う予定でしょ?」

ミナミは肩をすくめた。

「まあ、ちょっとだけ」

そのとき、図書室の窓から風が入ってきて、ノートのページがぱらぱらとめくれた。

そこには、まだ書いていない作戦がたくさんある。

作戦その4。
作戦その5。
作戦その100くらいまで。

きみと笑うための作戦は、きっといくらでも増える。

「ねえ」

ミナミが言った。

「屋上、行ってみる?」

「世界の秘密を探すやつ?」

「うん」

ぼくはノートを閉じた。

作戦会議は、たぶん成功だ。

「じゃあ行こう」

図書室を出ると、廊下は夕焼け色だった。
ぼくらは階段をのぼる。

途中で、ぼくはふと思い出して言った。

「そうだ、作戦その1」

「なに?」

「ここから全部ムーンウォーク」

「やめなさい」

でもミナミは笑っていた。

屋上のドアを開けると、風がふわりと吹いた。

もしかしたら、あれが世界の秘密の風だったのかもしれない。

そしてぼくは思う。

きっとこれからも、ときどき作戦会議を開こう。

きみと笑うための、
世界でいちばん大事な会議を。