わたしが死神のインターンになったのは、大学三年の春だった。
きっかけは、履歴書の書き間違いだ。
本当は「志望動機:人の役に立ちたい」と書くはずが、うっかり「人の終わりに立ち会いたい」と変換して送信してしまった。
三日後、「採用」の通知が届いた。
差出人は《冥界人事部》。
集合場所は、深夜零時の交差点。
そこに現れた上司は、黒いコートを着た女性だった。
名刺には「指導担当:七瀬」とある。
「死神は人を殺さない。ただ、終わりを受け取りに行くだけ」
それが最初の説明だった。
わたしの仕事は、彼女の後ろで記録を取ること。
対象者の名前、最後の言葉、部屋の匂い、窓の外の天気。
魂は七瀬さんが、白い封筒のようなものにそっと収める。
最初の現場は、古いアパートだった。
ベッドに横たわる老人は、眠るように静かだった。
七瀬さんは耳元で何かを囁き、指先で空気をすくう。
すると、淡い光が掌に集まった。
その瞬間、わたしは奇妙な感覚に襲われた。
悲しみでも恐怖でもない。
ただ、「続いていたものが、きちんと終わった」という静かな音。
老人の机には、読みかけの本が置いてあった。
ページの途中に挟まれた栞が、やけに丁寧で、几帳面な人だったのだろうと思う。
わたしは記録欄に「未完の物語あり」と書いた。
「それも、終わりの形よ」と七瀬さんは言った。
「すべてが完結する必要はないの」
インターン生活は、思っていたより地味だった。
鎌も羽も出てこない。
派手な奇跡もない。
ただ、人の最後に立ち会うだけ。
けれど、三件目の現場で、わたしは初めて躊躇した。
対象は、わたしと同い年の青年だった。
事故だった。
救急車の赤色灯が、夜を切り裂いている。
彼の手には、割れたスマートフォン。
画面には「ごめん、今から行く」と打ちかけのメッセージ。
「まだ、終わってない気がします」
思わず口に出していた。
七瀬さんはわたしを見た。
その瞳は深く、どこか疲れている。
「終わりは、いつも途中よ。だから私たちがいる」
彼女は光をすくい上げる。
そのとき、青年の唇がかすかに動いた。
「……間に合わなかったな」
その言葉は、風のように消えた。
帰り道、わたしは初めて泣いた。
わたしは誰かの物語の最後を、勝手に閉じているのではないか、と。
翌週、七瀬さんが言った。
「最終課題よ。次はあなたが一人で行く」
渡された封筒に書かれた名前を見て、息が止まった。
——伊藤ななみ。
それは、わたしの名前だった。
指定された場所は、大学の図書館。
夕暮れの窓際で、わたしは本を読んでいる。
未来の、わたし。
病名も、日付も、すべて書いてある。
七瀬さんは隣に立ち、静かに言う。
「インターンはね、自分の終わりを知るためにあるの」
ページをめくる未来のわたしは、穏やかに微笑んでいた。
まるで、すべてを受け入れたみたいに。
わたしは震える手で、空気をすくう。
淡い光が、確かにそこにあった。
けれど、封筒に収める直前、気づく。
光の中に、小さな余白があることに。
そこには、まだ書かれていない何かが、確かに残っていた。
わたしは封筒を閉じなかった。
「インターン失格、ですね」
振り向くと、七瀬さんは少しだけ笑っていた。
「いいえ。合格よ。死神は終わりを奪わない。見届けるだけ。あなたは、まだ自分を見届けていない」
次の朝、目覚めると、冥界人事部からのメールは消えていた。
黒いコートも、名刺もない。
けれど、胸の奥には、あの小さな余白が残っている。
いつか本当に封筒を閉じる日が来るとしても。
そのときまで、わたしは自分の物語を、少しでも書き足していたいと思った。


