世界の端にある途中駅には、終点へ向かう列車しか来ない。
けれど、誰もここを終点だとは呼ばなかった。
駅名はなく、時刻表も途中で破れている。
線路は片方だけが海に向かって伸び、もう片方は霧の中で消えていた。
私は駅舎のベンチに腰かけ、来るはずのない誰かを待っていた。
待っている理由は思い出せない。
ただ、ここで降りなければならなかった、という事実だけが身体に残っている。
風が吹くたび、世界の端から砂のような音がした。
波でもなく、風でもない、何かがこぼれ落ちる音だ。
この駅では、途中で降りた人だけが見えるものがある。
たとえば、線路脇に置かれた忘れ物。
傘、靴、手紙、まだ温かい後悔。
どれも持ち主の名前は剥がれていて、拾おうとすると少しだけ胸が痛む。
駅員はいない。
代わりに、古い自動放送が一日に一度だけ、低い声で告げる。
「ここは途中です。終わりではありません」
夕方、列車が来た。
車体は透明で、乗っている人の影だけが揺れている。
扉が開くと、影が一つ、降りてきた。
私と同じくらいの背丈で、同じように理由を忘れた顔をしていた。
「どこへ行く途中?」と、その影は聞いた。
私は答えられなかった。
影も頷いた。
「ここはね、選ばなかった道の駅なんだ。戻ることも、進むこともできるけど、決めるまで少し休める」
影はベンチに座り、しばらく海を見ていた。
やがて放送が鳴り、再び列車が来る気配がした。
影は立ち上がり、私に小さな切符を渡した。
行き先は空白だった。
「まだ途中でいいなら、持ってて」
列車は去り、空白の切符だけが残った。
私はそれをポケットにしまい、駅の端まで歩いた。
霧の向こうで、世界が静かに続いている。
ここは終点ではない。
そう思えたとき、初めて、待つ理由が少しだけ生まれた。
私はベンチに戻り、次の途中を待つことにした。

