私の仕事は、世界のバグを見つけることだ。
正式な肩書きは「現実整合性監査員」だが、そんな名前を覚えている人はいない。
そもそも、私の存在自体が多くの人にとってはバグのようなものだった。
バグは派手に現れない。
空が裂けたり、人が突然消えたりはしない。
たとえば、同じ猫が一日に三回、同じ路地を同じ歩き方で横切る。
たとえば、昨日まで閉まっていた店が、誰の記憶にもないまま三十年前から営業していたことになっている。
そういう、気づく人だけが気づいてしまう小さな綻びだ。
私はそれを見つけ、記録し、必要なら修正申請を出す。
多くの場合、修正は行われない。
「現実への影響が軽微」と判断されるからだ。
今日のバグは、古い公園にあった。
ブランコが二つ並んでいるはずの場所に、三つ目が揺れていた。
錆び具合も、きしむ音も、他の二つとまったく同じ。
ただひとつ違うのは、そのブランコに乗った記憶を持つ人が、誰一人いないことだった。
私はベンチに座り、端末を起動する。
ログを取ろうとした、そのとき。
風もないのに、三つ目のブランコが大きく揺れた。
「……乗ってたでしょ」
声がした。
振り向くと、知らないはずなのに、知っている気がする人が立っていた。
年齢も、名前も思い出せない。
ただ、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「ここ、昔よく来てたんだ」
その人は、存在しないブランコを指さす。
「あなたと一緒に」
記録を遡る。
該当データはない。
私の人生にも、そんな人物はいないはずだった。
それなのに、否定する言葉が出てこなかった。
「世界が更新されたとき、私だけ置いていかれたみたいでさ」
その人は笑った。
「だから、ここに残った。バグとして」
本来なら、即時修正案件だ。
人の形を保ったまま、現実から零れ落ちた存在。
けれど私は、端末を閉じた。
ブランコが、ゆっくりと止まる。
その人の輪郭が、夕暮れに溶けていく。
「見つけてくれて、ありがとう」
最後にそう言って、消えた。
報告書には「公園内の軽微な同期ズレ」とだけ書いた。
三つ目のブランコは翌日には二つに戻っていた。
帰り道、なぜか胸が空っぽだった。
でも、その空白は不具合ではない気がした。
世界は完璧に動いている。
だからこそ、ときどき誰かを忘れる。
私は今日もバグを探す。
忘れられた誰かが、完全に消えてしまう前に。

