遠ざかる音だけが知っている

面白い

町の外れに、使われなくなった駅がある。
線路は途中で途切れ、時刻表も色あせ、誰も電車を待たなくなった場所。
それでも、夜になるとそこには「音」だけがやって来た。

それは遠ざかる音だった。
近づくことは決してなく、いつも少しずつ離れていく。
靴音にも似ているし、列車の走り去る響きにも聞こえる。
耳を澄ませば澄ますほど、もう戻らない何かの気配だけが残った。

私はその駅の管理室に住んでいた。
仕事ではなく、理由もなく。
ただ、ここでならあの音を聞き逃さずに済む気がしたからだ。

昔、私は大切な人と約束をした。
「また音がしたら、必ず振り返る」と。
けれどその約束を守れたかどうか、もう思い出せない。
ただ、振り返らなかった後悔だけが、耳の奥に残っていた。

遠ざかる音は、誰にも気づかれない。
町の人は言う。
「風のせいだ」「古い鉄が鳴っているだけだ」と。
けれど私は知っていた。
あれは記憶の音だ。
選ばれなかった言葉、言えなかった返事、追いかけなかった背中。
そのすべてが、音になって離れていく。

ある夜、音がいつもよりはっきり聞こえた。
反射的に線路の先へ走る。
追いつけるはずがないと分かっていても、足は止まらなかった。
音は逃げるように、でも確かに、私を待つように遠ざかっていく。

線路の途切れた場所で、音は消えた。
代わりに、静寂の中に小さな声が残った気がした。

――知っているのは、音だけだよ。君が何を失って、何を選ばなかったのか。

私は立ち尽くした。
そうだ、この物語を最後まで知っているのは、私ではない。
遠ざかる音だけが、すべてを覚えている。

翌朝、駅は完全に無音になった。
それでも私は耳を澄ます。
もう聞こえない音のために。
遠ざかってしまったものに、遅すぎる返事をするために。

そして今日も、誰にも届かない物語が、静かに終点を過ぎていく。