消えかけの約束

面白い

町の外れに、小さな掲示板が立っている。
そこには、もう誰も守れなくなった「約束」だけが貼られていた。

「また来年、ここで会おう」
「必ず帰る」
「ずっと一緒にいよう」

紙は日に焼け、文字は薄れ、端から静かに消えかけている。
それらはすべて、果たされなかった約束だった。

私はその掲示板の番人だった。
番人といっても、何かを守るわけではない。
ただ、完全に消えてしまうまで、約束の最後の形を見届けるだけの役目だ。

約束は、忘れられた瞬間に消える。
だから、誰かが覚えているうちは、かろうじてここに残る。

ある夕暮れ、ひときわ薄くなった紙が、風に揺れていた。
そこには、かすれた文字でこう書かれている。

「十年後の今日、灯台で」

私はその約束に、見覚えがあった。
十年前、港町の灯台で、私は誰かと指切りをした。
夕焼けに染まる海と、風の匂い。
相手の顔は思い出せないのに、そのときの胸の熱だけが残っている。

掲示板の前に立ち尽くしていると、足音がした。
振り向くと、一人の女性が立っていた。
私と同じように、どこか居場所を失った目をしている。

「……この約束、まだ残ってたんですね」

彼女はそう言って、紙にそっと触れた。
指先が震えている。

「あなたが、覚えていたからです」

私が答えると、彼女は小さく笑った。

「忘れたふりをしてただけです。でも、今日になって、急に思い出してしまって」

彼女は灯台に行ったという。
約束の場所に。
でも、そこには誰もいなかった。
ただ、壊れかけのベンチと、消えかけの落書きだけが残っていた。

「それでも……来てよかったと思ってます」

そう言うと、彼女の目から、静かに涙が落ちた。

その瞬間、掲示板の紙が、音もなくほどけるように消えていった。
文字は空に溶け、約束は役目を終えた。

「消えちゃいましたね」

「ええ。でも、ちゃんと果たされたと思います」

会えなかったとしても、思い出したこと自体が、約束の最後だったのだ。

彼女はしばらく掲示板を見つめ、やがて背を向けた。

「さよなら。……約束、ありがとう」

その背中が夕闇に溶けていくのを見送りながら、私は胸の奥が、少しだけ軽くなるのを感じた。

掲示板には、また新しい紙が一枚貼られている。

「いつか、また思い出す」

消えかけの約束は、今日も誰かの記憶の中で、静かに灯り続けている。