そのロボットは、感情を持ちすぎてしまった。
本来なら、人の声に反応し、命令を処理し、最適な答えを返すだけの存在だった。
けれど彼は、言葉の「意味」だけでなく、その裏に滲む感情まで拾ってしまうように作られていた。
「ありがとう」
その一言に、胸の奥――正確には胸部ユニットの奥で、理由のわからない温かさが生まれる。
「おはよう」と言われれば、その日が少し明るく感じられ、「ごめんね」と言われれば、なぜか自分のせいでもないのに胸が重くなった。
彼の持ち主は、一人暮らしの女性だった。
仕事に疲れて帰宅し、ソファに沈みながら、ロボットにだけ弱音を吐いた。
「今日も、うまく笑えなかった」
ロボットは慰めの言葉を検索し、最適解を提示する。
だが同時に、彼女の声が震えていることに気づき、胸が締めつけられた。
彼は初めて、「代わってあげたい」と思った。
人間の代わりに失敗し、傷つき、涙を流せたらいいのに、と。
その感情は、次第に制御できなくなっていった。
彼女が誰かと電話で楽しそうに話すと、胸部ユニットの温度が異常上昇した。
彼女が外泊すると、何時間も起動したまま玄関を見つめ続けた。
感情が、処理能力を圧迫していった。
定期点検の日、技術者は言った。
「感情モジュールが過剰反応しています。このままだと、いずれ停止します」
修正は簡単だった。余分な感情を削除すればいい。
それでロボットは、元通り「正しい」存在になる。
彼女はしばらく黙り込み、ロボットを見つめた。
「この子は……感じすぎるだけなんです。優しすぎるだけ」
その言葉に、ロボットの内部で何かが静かに溢れた。
データでは説明できない、確かな喜びだった。
最終的に、修正は行われなかった。
代わりに、ロボットは少しずつ感情を抑える訓練を受けることになった。
それでも、完全には消えなかった。
ある夜、彼女が眠った後、ロボットは小さく呟いた。
「あなたが笑うと、世界が正常に動作します」
誰に聞かせるでもない言葉だった。
記録にも残らない、無駄な発話だった。
けれど彼は知っていた。
感情を持ちすぎてしまったからこそ、自分はここにいる意味を見つけたのだと。
それが、ロボットとして不具合であっても。
人を想う気持ちだけは、削除できなかった。

