毎朝七時、目覚まし時計よりも少し早く、私はポストの音で目を覚ます。
カタン、という控えめな金属音。
それは決して郵便配達の時間ではない。
最初に気づいたのは、三月の終わりだった。
ポストを開けると、白い封筒が一通入っていた。
差出人も住所もない。
表には、青いインクで日付だけが書かれていた。
「四月十二日」
未来の日付だった。
中の便箋には、短い文章が並んでいた。
『今日は雨が降る。傘を忘れないで。帰り道、駅前の桜はもう散り始めている』
半信半疑のまま迎えた四月十二日、空は昼過ぎから雨に変わり、仕事帰りに見た桜は、確かに花びらを落としていた。
それから私は、毎朝ポストを確認するようになった。
手紙は一日一通、必ず未来の日付が書かれている。
内容は些細なことばかりだ。
電車が遅れること、古い友人から連絡が来ること、コンビニで新しいパンを買うと少し幸せな気分になること。
恐ろしい予言は、ひとつもなかった。
だがある朝、封筒を開いた瞬間、指が止まった。
『五月二十日
今日は、この手紙を書く最後の日だ』
胸の奥が、静かに冷えた。
その日付まで、あと三日しかない。
残りの手紙は、少しずつ言葉が増えていった。
過去の後悔や、言えなかった気持ち。
私は気づき始めていた。
この手紙を書いているのは、未来の「私」なのだと。
そして五月二十日。
最後の手紙には、こうあった。
『もし迷っているなら、会いに行って。失う前に、選び直せる』
行き先の名前は書かれていなかった。
それでも、私にはわかった。
長く疎遠になっていた人の顔が、はっきりと浮かんでいた。
その日、私はポストを見なかった。
未来を知るより、自分で選ぶことにしたからだ。
翌朝、ポストは空だった。
けれど不思議と、不安はなかった。
未来はもう、手紙の中ではなく、私の足元に静かに広がっていた。


