その世界では、人は怒ると色が変わった。
ほんの苛立ちなら頬が淡く黄ばみ、強い怒りは赤や紫へと深まる。
激怒すると、黒に近い色が皮膚を覆い、もはや言葉よりも雄弁に感情をさらしてしまうのだった。
だから人々は、感情を抑える術を幼いころから教え込まれる。
怒りは恥であり、未熟さの証だった。
ミオは、色の変わらない少女だった。
どんなに理不尽なことを言われても、胸の奥がざわめくだけで、肌は透き通るようなままだった。
教師は安心したように微笑み、両親は誇らしげだったが、同級生たちは距離を置いた。
「何を考えてるかわからない」と囁かれた。
町役場で働くようになってからも、ミオの色は変わらなかった。
窓口で怒鳴られても、書類を投げられても、彼女は静かに頭を下げるだけだ。
向かいに立つ人の顔が赤く染まっていくのを、ガラス越しに眺める。
ある日、検査官が町に来た。
感情管理の調査だという。
彼は淡い青色の肌をしていて、穏やかそうに見えたが、ミオを見つめて眉をひそめた。
「あなた、本当に怒らないのですか?」
その問いに、ミオは初めて言葉に詰まった。
怒らないのではない。
怒る色を、知らないだけだった。
帰り道、橋の上で彼女は足を止めた。
川面に映る自分は、相変わらず無色だ。
けれど胸の奥では、長い間押し込めてきた何かが、確かに脈打っていた。
その夜、ミオは一人で声をあげた。
誰にも見せないよう、鏡の前で、溜め込んだ不満や悲しみを言葉にした。
震える声とともに、頬がゆっくりと染まっていく。
赤でも紫でもない、夕焼けのような橙色だった。
翌日、彼女はその色のまま出勤した。
人々は驚き、ざわめいたが、ミオは初めて背筋を伸ばした。
怒りは隠すべき欠陥ではない。
感じ、認め、伝えるための色なのだと、彼女は知ったのだった。


