川のほとりには、返事のない言葉が流れ着く。
朝霧の立つ時間、石の間にひっかかるそれらは、濡れた紙切れのように見えるけれど、耳を澄ますと微かに温度を持っているのがわかる。
僕はそれを拾う人だ。
最初に拾ったのは、「ごめん」という短い言葉だった。
角がすり切れ、誰に向けられたのかもわからない。
投げた人は待ったのだろうか。
返事が来るまで、どれくらいの夜を越えただろう。
川は何も答えず、ただ流した。
その無言が、言葉を軽くもし、重くもした。
僕は拾った言葉を家に持ち帰り、棚に並べる。
瓶に入れて封をする者もいるが、僕はそうしない。
言葉は息をする。
塞げば黙る。
だから、窓辺に置いて風を通す。
「またね」「大丈夫」「好きだった」
どれも返事を待ち疲れた顔をしている。
けれど、捨てられたわけではない。待つ場所を失っただけだ。
川辺で会う人は少ない。
釣り人と、時々、泣いた跡のある誰か。
ある夕方、赤い靴の女性が立ち尽くしていた。
足元には「行かないで」が絡まっている。
拾おうとすると、彼女が首を振った。
「それ、私のです」
声は乾いていた。
「返事は?」
「ありません」
彼女は言葉を見つめ、しばらくして川へ戻した。
返事のない言葉にも、戻る先があるのだと、そのとき知った。
拾うことは、救うことではない。
ただ、耳を貸すことだ。
僕はそう思う。
返事が来なかった理由を想像することはできる。
でも、代わりに答えてしまったら、言葉は終わってしまう。
終わらせないために、拾う。
春の増水の日、川は棚の半分を奪っていった。
窓を割り、言葉たちは水に溶け、また流れた。
僕は呆然としたが、不思議と胸は軽かった。
返事のない言葉は、返事を待たなくてもいい場所へ向かうのかもしれない。
それから僕は、拾う数を減らした。
必要なときに、必要なだけ。
今朝、石の間で小さな「ありがとう」を見つけた。
返事があったのかどうかはわからない。
ただ、温度が穏やかだった。
僕はそれを拾わず、そっと川に任せた。
返事のない言葉も、流れの中で、いつか自分自身に届く。
そう信じて。


