夕方になると、古い家の柱がきしみ、障子の向こうで風が鳴く。
机の上には、祖父が最後まで大事にしていた茶色のラジオが置かれていた。
角はすり減り、つまみは銀色の塗装がはげている。
私が生まれる前からあったらしいそれは、今ではもう電源を入れても、砂嵐の音すら鳴らないはずだった。
けれど、あの日、私はなぜかそのダイヤルを回してみた。
カチ、と乾いた音。
次の瞬間、「おーい」と聞き慣れた声がした。
心臓が跳ねた。
祖父の声だった。
「……おじいちゃん?」
何気なく口にした呼びかけに、ほんの少し間を置いて、返事が返ってくる。
「聞こえてるよ。ずいぶん大きくなったな」
私は思わず笑いそうになった。
涙が先に出た。
祖父はいつも座布団に座り、同じラジオを前にして、遠くの放送に耳を澄ませていた。
私は隣で宿題をしながら、しわだらけの横顔を盗み見ていた。
あの背中は、もうどこにもいない。
「どこにいるの?」と聞くと、ラジオの向こうで祖父は少し困ったように笑った気がした。
「ここだよ。お前の心配して、ちょっと寄り道してるだけだ」
私はぽつりぽつりと話し始めた。
最近のこと、学校のこと、誰にも言えなかった弱音。
うまくいかない毎日。
自分がどこに向かっているかわからない不安。
祖父はそれを遮らず、うんうんと相づちを打つみたいに、時々短く返事をした。
「失敗してもいい。種だって、全部は芽を出さない」
「泣いたらいい。涙は、心のほこりを流す水だからな」
その言葉は昔と同じで、少し照れくさくて、でも温かかった。
気づけば部屋はすっかり暗くなっていて、ラジオのダイヤルの周りだけがぼんやり光っていた。
私は最後に、ずっと言えなかった一言を口にした。
「ありがとう。ちゃんと、がんばる」
沈黙。
もう返事は返ってこないと思ったそのとき、小さく、やさしい声がした。
「それでいい。それで、じゅうぶんだ」
ぷつん、と音が途切れ、ラジオは二度とつかなかった。
次の日、私は庭に出て、小さな種をまいた。
祖父と一緒に土をさわった日の感触を思い出しながら。
芽が出るかどうかはわからない。
でも、きっと大丈夫だと、不思議と信じられた。
風が通り過ぎる。
その音が、どこかで笑う祖父の声に重なった気がした。
私は空を見上げて、小さくつぶやいた。
「聞こえてるよ」


