条件だらけの神様と、一つだけの願い

面白い

街外れの古い神社は、地図にも名前が載っていない。
鳥居は傾き、絵馬は色あせ、風鈴の音だけが澄んで響いていた。

中学生の春斗は、その神社に偶然迷いこんだ。
誰もいないはずの拝殿の前で、ぽん、と指を鳴らす音がした。

「やっと来たなあ。――待ちくたびれたぞ、願い事の人間」

白い紙のような装束を着た、小柄な神様が座っていた。
顔は優しいが、目はやけに細かい字を読む学者のように鋭かった。

「お前の願いを一つだけかなえてやろう。ただし条件がある」

神様は懐から巻物を出した。
広げると、地面を転がるほど長い。
細かい文字がぎっしりだ。

「まず、願いの文末に句点をつけること。『できれば』や『なるべく』は禁止。午後三時から三時七分の間に宣言すること。前日は七時間半以上の睡眠を取ること。前後三日間、嘘をつかないこと。靴ひもは左右同じ固さに締めること。あと――」

止まらない。

「……あと百六十二項目ある」

春斗は思わず座り込んだ。

「そこまでして一つって……」

「そこまでして一つだから、価値があるのだ」

神様は肩をすくめた。

春斗は家に帰り、条件と向き合った。
欲しいゲームのことを考え、テストの点のことを考え、好きな子の顔も浮かんだ。
だけど条件表を読むうち、胸の中で何かが静かにほどけていくのを感じた。

「願いって、そんなに簡単じゃないんだな……」

翌日、彼は再び神社へ向かった。
条件はほとんど整えてきた。
眠気にあくびしながらも、靴ひもを何度も結び直し、嘘をつかないように一日過ごした。

そして午後三時三分。
巻物を前に、春斗は深呼吸した。

「願いを言え」

神様の声は、さっきより少しだけ柔らかかった。

春斗は口を開いた。

「どうか――」

言いかけて、やめた。

そして笑った。

「願いを、一人で決められる人間でいられますように。」

神様の目が丸くなった。

「……それはつまり?」

「欲しいものを与えられるんじゃなくて、自分で選んで失敗して、考えて、また選べる人でいたいってこと」

沈黙が降りた。
風鈴がひとつ鳴った。

次の瞬間、巻物が光り、細かい文字が砂のように空へ舞いあがった。

「条件、全部満たしたな」

神様は満足そうに笑った。

「その願いは、これからずっとお前に仕事を与える。楽ではないが、きっと退屈もしない」

春斗はうなずいた。
帰り道、世界は同じなのに、少しだけ鮮やかに見えた。

鳥居の影で、神様はひとりごちた。

「細かい条件を超えてくるやつが、ときどきいるんだよな。だからやめられん」