町はずれの丘の上に、煙突だけ元気な小さな家があった。
そこに住むのが“やる気のない魔法使い”として有名なレオンである。
寝癖のついた髪に、着古したマント。
ため息と一緒に魔法を使うのが、彼の日常だった。
ある朝、玄関の扉が勢いよく叩かれた。
「弟子にしてください!なんでもします!」
扉を開けると、眩しいくらいの笑顔を浮かべた少女・ミナが立っていた。
背負った鞄はパンパンで、夢と期待でさらに膨らんでいるようだった。
「……なんでもは、しなくていい。まず静かにしてくれ」
レオンは頭をかきながら答えた。
本当は断りたかったが、ミナの目のまっすぐさに負けた。
こうして二人の奇妙な師弟生活が始まった。
ミナは朝から晩までフルスロットルだった。
「師匠!今日は火の魔法の特訓ですか?氷ですか?転移ですか?」
「今日は昼寝だ」
「じゃあ昼寝のための呪文を教えてください!」
「……ない」
やる気のないレオンと、超やる気のミナ。
会話はいつもかみ合わない。
だがミナはくじけない。
倒れたほうきを拾い、散らかった本を整え、焦げた鍋を磨き、レオンの代わりに家を回していた。
「どうしてそこまで頑張る?」ある日、珍しくレオンが聞いた。
ミナは少し照れながら笑った。
「昔、師匠の魔法を見たんです。雨の降らない村に、静かに雨を降らせたあの魔法。あれが、すごく優しかったから」
レオンは目をそらした。
その魔法のあと、彼は力を使いすぎて倒れ、以来“やる気がない”と言われるようになった。
無理をすれば誰かを救える。
でも、そのたびに自分は少しずつ削れていく。
だから距離を置いた。
それを怠惰と呼ばれても構わないと思っていた。
そんな折、丘の下の村に異変が起きた。
黒い雲が渦を巻き、激しい風が家々を揺らし始めた。
古い封印が解け、暴れ出した魔の風だった。
村人たちはレオンの家へ駆け上がってきた。
「助けてくれ、魔法使い様!」
レオンは一瞬目を閉じた。
胸の奥で古傷のような痛みがうずく。
迷っていると、横でミナがきゅっと拳を握った。
「行きましょう、師匠。私も一緒です。ひとりで傷つくなら、二人で分け合えばいいんです」
言葉は幼いが、まっすぐだった。
レオンは思わず吹き出した。
「……弟子のくせに、師匠みたいなことを言うな」
それでも、彼は立ち上がった。
丘を降り、渦巻く黒雲と対峙する。
風は叫び、砂と枝が容赦なく叩きつける。
ミナは震えながらも、レオンのマントの端をぎゅっと掴んでいた。
「恐いか?」
「はい。でも、やりたいです」
レオンは深く息を吸い込んだ。
久しぶりに、心の底から呪文を紡ぐ。
怠惰の影を突き抜けるように、言葉に熱が宿る。
「――静まれ」
大地が低く鳴り、風のうなりが少しずつ和らいでいく。
しかし代償のように、レオンの足元が揺らいだ。
倒れかけた彼を、ミナが支えた。
「師匠、今度は私の番です!」
ミナは拙い発音で、しかし必死に続けの呪文を唱えた。
未熟な力はぎこちないが、その想いは真っ直ぐだった。
二人の魔法が重なり、黒雲は静かにほどけていった。
空は、雨上がりのように澄んだ。
村人の歓声を背に、二人は草の上にへたり込んだ。
「やる気、少し戻りましたか?」ミナが覗き込む。
レオンは苦笑した。
「お前が半分持っていった」
「じゃあ明日も一緒に集めましょう!」
そう言って笑う弟子を見て、レオンはようやく気づいた。
やる気は、ひとりで抱えるものではないのだと。
その日以来、“やる気のない魔法使い”には、新しいあだ名がついた。
――“面倒くさそうに見えて、必ず助ける魔法使い”。
そしてその隣には、今日も変わらず超やる気の弟子がいる。
二人の歩く先に、小さな風鈴のような希望の音が、いつまでも鳴っていた。


