駅前の写真屋で現像をお願いしたのは、休日の小さな楽しみのようなものだった。
スマホで見るより、紙に焼いた写真の方が、記憶に触れる気がする――そう思っていた。
封筒から写真を抜き出した瞬間、指が止まった。
どの写真にも、見覚えのないひとりの少女が写っていた。
教室で撮った集合写真。
夏祭りの帰り道。
河川敷のピクニック。
僕と友だちが笑っている、その輪の中に、自然に紛れるようにして少女が立っている。
肩にかかる黒髪。
淡い色のワンピース。
口元にだけ、静かな笑み。
「これ、誰?」
写真を囲んだ友人たちに聞いてみた。
だが、全員が首をかしげる。
「合成じゃないの?」
「こんな子、いなかったよな」
それでも少女は、どの写真にも“違和感なく”存在していた。
ピントも光も、他の僕らと同じ。
まるで最初からそこにいたみたいに。
家に帰って昔のアルバムを開いた。
小学校の運動会、修学旅行、家族旅行。
ページをめくるほど、胸がざわつく。
――すべての写真に、その少女がいた。
門の影に半分隠れていたり、窓ガラスの向こうから覗いていたり。
時には僕のすぐ隣で、肩が触れそうな距離で笑っていた。
名前が、どうしても思い出せない。
けれど、不思議なことに、その笑顔を見ると胸の奥があたたかくなる。
懐かしいのに、遠い。
何か大事な言葉を忘れてしまったときの、あの喉の奥のつかえに似ていた。
その夜、夢を見た。
放課後の図書室。
夕焼け色の光が差し込む窓辺の席で、少女がこちらを見ていた。
机の上には、二人分のジュースと開きっぱなしのノート。
彼女は笑って言った。
「忘れてもいいよ。忘れられるくらい、あなたが前に進めたってことだから」
声は、やさしかった。
目が覚めると、枕元にアルバムが開いたまま置かれていた。
最後のページ――そこだけが空白になっている。
貼り跡もない、真新しい白紙。
ふと、カーテンの隙間から入り込む朝の光の中で、かすかな気配を感じた。
振り返っても、誰もいない。
ただ、窓ガラスに映る自分の肩越しに、一瞬だけ黒髪が揺れた気がした。
僕はペンを取り、空白のページに一行書いた。
――友だち。
それだけでいい気がした。
名前は思い出せない。
顔も、そのうち薄れていくのかもしれない。
それでも確かに、どこかの時間で一緒に笑っていた気がする。
アルバムを閉じると、不思議と胸の中のざわめきは静まっていた。
忘れてしまった誰かは、きっと僕の記憶の奥で、今もやさしく笑っている。
そして次の休日、また写真を撮りに出かけた。
シャッターを切る瞬間、風が頬を撫でる。
背中越しに、誰かがそっと並んで立った気配がした。
振り返らないまま、僕は少しだけ笑った。


