おかえり、ポコ

不思議

商店街のはずれに、小さな古道具屋があった。
色あせた看板と曇ったガラス。
店先には、誰かの時間を静かに抱えたものたちが並んでいる。

その棚の奥に、一匹のくまのぬいぐるみが座っていた。
名前は“ポコ”。
胸のボタンは一つなく、右耳には小さなほつれ。
けれどその目は、糸でできていながらも、どこか遠くを探しているようだった。

ポコには忘れられない記憶があった。
柔らかな手、小さな笑い声、そして夜眠るときにぎゅっと抱きしめられる温かさ。
持ち主の名前は「ミナ」。
ポコはその音の響きが好きだった。

ある日、公園でのピクニックの帰り道、ポコはベンチの上に置き去りにされた。
ミナが忘れたのではないことを、ポコは知っていた。
あの日の空は急に泣き出し、雨に追われるように家族は駆け出していったのだ。
小さな手が最後にポコを探すように空をつかんだことも覚えている。

だが雨はやみ、人も去り、夜が来た。
ポコは拾われ、巡り巡ってこの古道具屋にたどり着いた。

季節がいくつか過ぎたころ、店の鈴がそっと鳴った。
入ってきたのは若い女性だった。
肩までの髪、少し不安げなまなざし。
彼女は棚を一つひとつ、確かめるように見ていく。

ふと、その視線が止まった。

「……ポコ?」

その声に、時間が逆流したようだった。
女性の頬に涙があふれる。
ポコの胸のボタンの欠け方、耳のほつれ、すべてを確かめるように指が震える。

「ごめんね、ずっと探してたの。あのとき雨で…置いてきちゃって…」

ポコは答えられない。
ただ静かにそこにいるだけ。
それでも、胸の奥で何かがほどけていくのを感じた気がした。
ミナは成長していた。
小さな手は大人の手になり、けれど抱きしめる温度はあの頃のままだった。

店主が微笑みながら言う。

「長い旅をして帰る場所を見つけたみたいだね」

ミナはポコを抱いたままうなずいた。

「はい、やっと帰ってきました」

外に出ると、夕暮れの空がオレンジ色に染まっていた。
ミナはポコを胸に抱きしめ、歩き出す。
街灯がひとつ、またひとつ灯る。

ポコは思う。
忘れられていたのではない。
離れていただけなのだと。
思い出は薄れはしても消えはしない。
糸が解けても、ボタンがなくても、あの日のぬくもりは確かにここにある。

やがてミナの部屋の棚の上、窓から差し込む柔らかな光の中に、ポコの居場所が戻ってきた。

夜。ミナはそっとポコを抱いてベッドに入る。

「おかえり、ポコ」

声は小さく、けれど世界でただ一つの言葉のように響いた。

返事はできない。ただ寄り添うだけ。
けれど二人は知っている。
長い時間も、雨の夜も、古道具屋の静けさも、すべてはこの再会のためにあったのだと。

ポコの丸い目に、窓の外の星がひとつ映った。

――もう、ひとりじゃない。