冬の山里に、ふっくらした毛並みのたぬきたちが暮らしていました。
雪がしんしんと降り積もり、白い息が空に溶けていく頃――それは、年越しの準備が始まる合図でした。
族の中で一番働き者のポン太は、朝いちばんに古い切り株の上でみんなを集めました。
「さあ、今年ももうすぐ終わるよ。
準備を始めよう!」
その声に、小さなたぬきの子どもたちは目を輝かせ、年寄りたぬきはひげを揺らしてうなずきます。
まずは、食べ物の用意です。
ポン太と仲間たちは雪を分けて森の奥へ向かい、秋に隠しておいた木の実の貯蔵穴を確かめました。
枯れ葉の下から出てきたどんぐりや栗は、まるで宝物のようにころころと転がります。
「これでお腹は安心だね」
小さなたぬきのコロは、鼻先でどんぐりをつつきながら笑いました。
次は、家の掃除です。
洞の中の落ち葉やほこりをはき出し、乾いた苔を敷き直します。
年寄りのたぬきはいいました。
「古いものを払い、新しい年を迎えるんだよ」
みんなで協力して掃除していると、洞の奥まで明るくなったように感じられました。
風の音まで澄んで聞こえます。
昼になると、冬の陽がわずかに森を照らしました。
たぬきたちは丸太を輪にして並べ、小さな囲い火をつくります。
火のはぜる音は、胸の中まで温めてくれるようでした。
「今年はいろんなことがあったね」
ポン太がつぶやくと、みんなも静かにうなずきました。
嵐の日も、食べ物が少なかった時も、助け合ってここまで来たのです。
そしていよいよ、年越しの最後の準備――「願い袋」づくりの時間です。
たぬきたちは木の皮を薄くはがして小さな袋を作り、その中に自分だけの願いをそっと入れます。
「もっと早く走れるようになりたい」
「みんなが元気でいられますように」
「おいしいどんぐりがたくさん実りますように」
声に出さずに心で唱えながら、袋を大切に抱えました。
夜が深まり、森が青黒く染まる頃、雪の上に月明かりが静かに落ちました。
たぬきたちは輪になって座り、願い袋を胸にあてます。
遠くでフクロウが鳴き、年の境目が近づいてくるのがわかりました。
「十、九、八……」
誰が言い出すともなく、みんなで小さく数え始めます。
「三、二、一——!」
瞬間、風が木々の間を駆け抜け、枝についた雪がさらさらと舞い落ちました。
それはまるで、森じゅうがお祝いしてくれているかのようでした。
「明けたね」
ポン太が笑うと、みんなの顔もぱっとほころびます。
たぬきたちは願い袋を胸の奥にしまい、新しい年の一歩を踏み出しました。
冷たい空気の中で、心だけは不思議なほど温かく感じられます。
――こうして、森のたぬきたちは、笑い声と小さな願いで満ちた年を迎えたのでした。


