冬に寄り添うポインセチア

面白い

冬の風が街角を通り抜け、白い吐息が空に溶けていく頃、小さな花屋の店先に真っ赤な葉をひろげたポインセチアが並び始める。
店の奥でその鉢をそっと拭いていたのは、花屋の娘の美咲だった。

美咲の花屋は、祖母の代から続く古い店だ。
派手さはないけれど、店の前を通る人たちは、なぜかふっと足を止めてしまう。
窓越しに見える花々の彩りと、外の寒さを忘れさせてくれるような温かな灯りのせいかもしれない。

祖母が亡くなってから一年。
店を守るのは美咲一人になった。
慣れない帳簿に首をかしげ、配達の途中で道に迷い、泣き笑いしながら毎日を過ごしている。
それでも冬が近づくと、どうしても胸の奥がきゅっと締めつけられる。
祖母が一番好きだった花――ポインセチアの季節だからだ。

赤い部分は花じゃなくて葉なのよ、と祖母はよく言っていた。
「寒いのに燃えるみたいでしょ。でも本当は、とても繊細で、優しい植物なの」と微笑む顔が、いまもはっきり思い出せる。

その日の夕方、美咲は店じまいの準備をしながら、一鉢のポインセチアの前で立ち止まった。
他の鉢より少し背が低く、葉の先が欠けている。
でもなぜか、その鉢だけがしんと静かに光を宿しているように見えた。

「あなた、売れ残りかもしれないね」

美咲はそっと触れ、苦笑した。

「私とおそろいだ」

ちょうどその時、ドアのベルが軽やかに鳴った。
振り返ると、小さな男の子が立っていた。
赤いマフラーに埋もれた顔、ぎゅっと握りしめられた手の中には、折り畳まれた千円札。

「ポインセチア、ください」

背伸びするように言うその声は少し震えていた。

「お母さんに? プレゼントかな」

男の子は首を横に振った。

「病院にいるおばあちゃんに。クリスマスまでに元気になってほしいから」

胸の奥が温かくなり、美咲は言葉を探した。
祖母の病室、最後に贈った小さな花束の記憶がよみがえる。

男の子の視線は、欠けた葉のポインセチアに吸い寄せられていた。

「これがいい」

「それでいいの?」美咲は思わず聞き返した。
「もっと形がきれいなのもあるよ」

「でもこれ、がんばってるみたいだから」

欠けた葉を、男の子の小さな指がそっとなぞる。

「おばあちゃんみたいだ。弱いけど、笑ってがんばってる」

言葉にならない思いが、美咲の胸いっぱいに満ちていく。
少しの沈黙のあと、美咲はポインセチアを包みながら言った。

「じゃあね、この子には秘密のお願いをひとつ込めておくよ。強くなりますようにって」

包装紙を留める手に、祖母から受け継いだ癖が宿る。
リボンを結ぶ最後の仕上げは、いつもより少しだけ丁寧に。

「ありがとう!」

男の子は深く頭を下げ、雪の降り始めた道を駆けていった。
赤いマフラーが夕暮れに揺れる。
その姿が見えなくなるまで、美咲は店先で立ち尽くしていた。

ポインセチアの赤が、店のガラスに映る。
欠けていても、不完全でも、それでも人の心に寄り添うことができる。
祖母の言葉が、冬の風に乗ってそっと蘇る。

「花はね、元気をあげるんじゃないの。一緒にがんばりましょうって、そっと寄り添うのよ」

店に戻ると、不思議なことに、残っていたポインセチアたちがいつもより鮮やかに見えた。
暖かな灯りの下、赤と緑が静かに呼吸している。

美咲はレジ横の小さなスペースに、新しい札を立てた。

――「あなたの冬に寄り添う花」

外は相変わらず冷たい夜の気配に満ちている。
それでも、美咲の胸の中には、小さな炎のような温もりが灯っていた。
祖母と男の子、そしてポインセチアがくれた灯りだ。

雪が音もなく降り始める。
世界を白く包みながら、その上に赤い花の色がそっと滲む。

冬の真ん中で、ポインセチアは静かに輝いていた。