町の外れ、小高い丘の上に立つ古い家。
その屋根裏部屋に住む灯里は、小さな頃から魔女に憧れていた。
黒い帽子、古い呪文書、夜空を横切る箒。
学校の帰り道に見上げる夕焼けを見ては、「あそこを飛べたら」と胸の奥が熱くなるのだった。
灯里の部屋には、拾い集めた瓶や乾いた草花、読み古されたファンタジーの本が積まれている。
放課後になると、彼女は窓辺に座り、ノートに呪文の落書きをしたり、庭で摘んだハーブを乾かしたりした。
本当の魔法なんてないと知っていても、心のどこかで「もしかしたら」を手放せずにいた。
ある夜、家の停電で部屋が闇に沈んだ。
懐中電灯を探す途中、屋根裏の古いトランクから小箱が落ちてきた。
蓋を開けると、銀色の小さな鈴が入っていた。
触れると、ひんやりとしてやさしい音が鳴る。
その瞬間、窓の外の風がふっと形を持ったように感じられた。
——もしも魔法があるなら、わたしにも少し分けてほしい。
そう心の中でつぶやいた灯里は、鈴を胸の前でそっと鳴らした。
けれど、空は裂けず、箒も飛ばなかった。
ただ、暗闇に目が慣れ、蝋燭を探し当てる自分の手元が不思議と頼もしく感じられた。
翌朝、灯里はいつもより少し早く起き、朝日で温かくなった台所で母の手伝いをした。
焦げかけたトーストを見て笑い合い、学校へ向かう道で、小さな子の靴紐を結んであげた。
放課後には、泣いていた友だちの隣に静かに座り、何も言わずにハンカチを差し出した。
その夜、机に鈴を置いて空を見上げた灯里は気づく。
魔女の魔法とは、雷を呼ぶ呪文や空を裂く力だけではないのかもしれない。
暗闇で光を探す勇気、人の心にそっと火を灯す言葉、見えないものを信じて手を伸ばす気持ち——それらだって確かに「魔法」と呼べるのではないかと。
窓を開けると、風が髪を揺らし、どこか遠くで鈴の音が応えるように鳴った。
灯里は黒い帽子も箒も持っていない。
それでも胸の奥に、静かな炎が灯っているのを感じた。
「いつか、本当に飛べなくてもいい。ちゃんと歩いて、自分の魔法を見つけよう。」
そうつぶやくと、夜空の星はひとつ増えたように輝いた。
憧れは消えたわけではない。
形を変えて、彼女自身の中で生き始めたのだ。
灯里は鈴をそっと握りしめ、目を閉じる。
遠い未来へと続く道が、やさしい光で照らされていくのを感じながら。


