むかしむかし、雪の降る町はずれに、小さな菓子工房がありました。
古いオーブンと木の作業台、甘いスパイスの香りに満ちたその場所で、ある冬の夜、一人のパン職人が特別な生地をこねていました。
生姜、シナモン、クローブ。
最後にひとさじのはちみつを加え、「どうか、この町をあたためるお菓子になりますように」と小さく祈ります。
焼き上がったのは、にこりと笑うジンジャーマン。
ボタンはレーズン、目は砂糖、赤い飴のマフラーを巻いていました。
ところが、工房が静まり返った真夜中、オーブンの余熱が消えるころ、ジンジャーマンはふいに瞬きをし、作業台からひょいと飛び降りたのです。
「ぼく、歩ける!」
彼は戸惑いながらも扉を開け、雪の町へと走り出しました。
通りでは、寒さに肩をすくめる人々がいました。
ジンジャーマンは近づいて、マフラーの端をほどいて分けてあげます。
すると不思議なことに、飴は溶けて消えるのではなく、やさしい温もりに変わりました。
次に出会った子どもには、レーズンのボタンをひとつ。
お腹のすいた子の笑顔が、夜空に星を増やします。
朝になるころ、ジンジャーマンは少し小さくなっていました。
それでも彼は、町の橋の上で泣いている老人に出会い、最後の砂糖の目をそっと手渡します。
老人の目に光が戻った瞬間、ジンジャーマンの体はほろりと崩れ、雪に混じって消えていきました。
翌朝、町はいつもより明るく、笑顔が多くありました。
菓子工房の職人は、空の作業台に残った赤い飴のかけらを見つけ、胸があたたかくなります。
それから毎年、冬になると職人は祈りを込めてジンジャーマンを焼きました。
町の人々は言います。
「あの甘い香りがすると、誰かが誰かを思いやっている証拠だ」と。
そして雪の夜、風に混じって生姜の香りがしたなら、それはきっと、どこかで小さな勇気が走っている合図なのです。


