黒い影の番犬

動物

町外れに、長い間空き家になっている古い洋館があった。
赤茶色のレンガは風雨に削られ、門の鉄は錆びついている。
誰も近づかないその屋敷の前に、いつも一匹のドーベルマンが座っていた。

漆黒の体に引き締まった筋肉、鋭い目つき。
遠くから見れば、まるで影が立ち上がったように見えるその犬の名は「レオン」。
だが、彼が吠えることはほとんどなかった。
ただ静かに、門の前に座り、昼も夜も屋敷を見守っていた。

人々は噂した。「あの犬は危険だ」「幽霊屋敷の番犬だ」と。
子どもたちは近づかず、大人たちも足早に通り過ぎる。
だがレオンは、誰かを追い払うためにそこにいるのではなかった。

かつて、この屋敷には一人の老人が住んでいた。
寡黙で、町の誰とも深く関わらず、それでも毎朝決まった時間にレオンと散歩をする姿だけは、皆が知っていた。
老人はいつもレオンの首を撫で、低い声で話しかけていた。
「ここは、お前の家だ。守るのは俺じゃない。お前自身の居場所だ」

ある冬の日、老人は帰らなかった。
救急車の音が遠くで鳴り、それきり屋敷の灯りは消えた。
人の気配はなくなり、門は閉ざされたままだった。
それでもレオンは去らなかった。
鎖も、命令もない。
ただ、待つことだけを選んだ。

雨の日も、雪の日も、レオンは門の前に座った。
腹が減れば、通りすがりの人が置いていくパンを静かに食べた。
誰かが近づきすぎれば、立ち上がって目を向ける。
それだけで十分だった。

春のある日、一人の少女が屋敷の前に立った。
怖がりながらも、震える手で花を置く。
「おじいちゃん、ここにいたんだって」。
レオンは動かなかった。
ただ、その花の匂いを確かめるように鼻を近づけ、再び座った。

少女が去ったあと、夕暮れの中でレオンは初めて小さく尻尾を揺らした。

彼は番犬ではない。
誰かの命令で守っているわけでもない。
ただ、失われた時間と、確かにここにあった日々を忘れないために、今日も黒い影のように門の前に座っている。

それが、ドーベルマンのレオンの選んだ生き方だった。