雪原をかける約束のトナカイ

動物

北の果て、終わりの見えない雪原の真ん中に、小さな集落があった。
そこでは何十頭ものトナカイが暮らし、人々の大切な仲間として荷物を運び、旅人を導き、時には命を救う存在として尊ばれていた。

そんな群れの中に、一頭だけ少し変わったトナカイがいた。
名はルミ。
ほかのトナカイよりも体が小さく、角もまだ細く短い。
走るのも遅く、雪の深い場所に行けばすぐに足を取られてしまう。
それでもルミは、誰よりも空を見上げる時間が長かった。

理由はただひとつ。
――空を飛ぶトナカイになりたい。

村の子どもたちが語る絵本の話に出てくるような、夜空をかけ、遠くの街まで届け物を運ぶ特別なトナカイ。
それがルミの憧れだった。

「ルミ、また空を見てるの?」
仲間の大きなトナカイ、ガロンが笑いながら近づいてきた。

「うん。いつか、僕もあそこを走れたらいいなって思って」
ルミが言うと、ガロンは優しく首を振った。

「夢を見るのはいいことだ。でもな、空を飛べるのは物語の中だけだよ」

そう言われても、ルミの目の輝きは消えなかった。
夢が遠いほど、そこに向かう気持ちは強くなる。
ルミは誰よりも早起きし、誰よりも長く雪原を駆け回った。
小さく軽い体を生かして、雪の上をすばやく跳ねる練習もした。

そんなある日、村に異変が起きた。
北の空に暗い雲が広がり、吹雪の知らせが届いたのだ。
さらに悪いことに、村の大切な薬を届けるはずの荷そりが故障し、次の町へ出発できなくなった。

「吹雪までに薬を届けなければ、あっちの村の赤ん坊が危ない」
長老の言葉に、場の空気が重くなる。

ガロンが前に出た。
「俺が行きます。ただ、峠道は雪が深くて……少し時間がかかるかもしれません」

その時だった。
ルミが一歩前に踏み出した。

「ぼ、僕も行きます!」

「ルミ、お前では無理だ」
誰もがそう言いかけたが、ルミはきゅっと唇――いや、鼻先を結んで言った。

「僕、雪の深い場所でも軽いから沈みにくいんです。吹雪が来る前に届けたいなら……僕が一番早いかもしれません!」

静寂が落ちた。
確かに、今の状況で最短で峠を越えるなら、軽くて身軽なルミが適任かもしれない。
しかし危険すぎた。

悩んだ末、長老は言った。
「ガロンとルミ、二頭で行っておくれ」

こうして二頭は、吹雪が近づく夕暮れの中を駆け出した。

峠に入ると、予想以上に雪は深く、風も強かった。
ガロンの大きな体は雪に沈み、前に進むのがつらそうだった。
一方ルミは、まるで雪の上を滑るように軽やかに跳んでいく。

「ガロン、ここは僕が先に道をつけるよ!」

ルミは小さな足で雪を踏み固め、細い道を作っていく。
ガロンはその後ろをゆっくりとついていき、二頭は少しずつ峠を登っていった。

しかし山の頂に着いた瞬間、空が唸り、風が一層強く吹きつけた。

「ルミ、下がれ! 吹雪が来る!」
ガロンが叫ぶが、ルミは薬の入った袋を確認しながら言った。

「僕は行かなきゃ。あの赤ん坊を助けるために!」

吹雪の中、ルミは一人で駆け下りた。
視界は白く、風は針のように体を叩いた。
それでもルミは足を止めなかった。
深い雪を跳び、転び、立ち上がりながら、小さな体で必死に進んだ。

ようやく、遠くに町の灯りが見えた。
その瞬間、ルミは気力だけで走り抜け、薬を町の人に届けた。

「よく来てくれた、ありがとう……!」

町の人々の温かい声も、ルミには遠くに聞こえるだけだった。
安心したとたん、力が抜けてしまったのだ。

気がつくとガロンが隣にいた。
吹雪の中で必死に探しに来てくれたのだ。

「お前は、本当に……空を飛ぶトナカイよりすごいよ」

その言葉を聞いて、ルミは小さく笑った。

村に戻ると、みんながルミを迎えてくれた。
その夜、空には一筋の光が流れた。
まるでルミを祝福するような、長い長い流れ星だった。

ルミはそっとつぶやいた。

「いつか本当に、あの星に届くくらい速く走ってみせる」

夢見る力は、小さな体のどこよりも大きく輝いていた。