春の風がまだ少し冷たいある朝、佐伯あかりは目を覚ますと、まずカーテンの隙間から差し込む光の色を確かめた。
やわらかな金色――その瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。
あかりは小さな頃から「太陽のにおい」が好きだった。
洗い立ての布団に染み込んだ日差しの匂い、校庭で汗をかきながら見上げたまぶしい空。
大人になった今でも、その匂いと光さえあれば、心がほどけるような安らぎを感じられた。
休日の午前中、あかりはお気に入りの“ひだまりスポット”へ向かう。
アパートから少し歩いた先にある小さな公園。
遊具も古く、子どもたちの声も少ない控えめな場所だが、南向きのベンチだけはやけに明るく、まるで太陽に守られているようだった。
その日もベンチに腰掛けると、あかりはふうっと息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。
光がまぶた越しににじんで、世界がぱっとオレンジに染まる。
手の甲に落ちる日差しは心臓の鼓動と同じリズムで温かく、まるで「おはよう」と太陽に肩を叩かれているようにも感じられた。
「今日もいい天気だね」
つぶやくと、風がやわらかく髪を揺らした。
そんな習慣を続けているうちに、公園でよく見かける人物がいた。
白い帽子をかぶり、スケッチブックを抱えた青年――画家の卵らしい彼は、いつも日向のベンチ近くで絵を描いていた。
ある日、あかりが太陽を浴びながらぼんやりしていると、青年がそっと声をかけてきた。
「あなた、いつも朝に来ていますよね。光の中にいると、とても気持ちよさそうな表情をしているから……つい描きたくなるんです」
「えっ、私を?」
「はい。太陽を見つめているみたいに、やわらかい顔をされるから」
あかりは少し戸惑いながらも、その言葉に胸がくすぐったくなった。
誰かが自分の“ひだまりの時間”を見ていてくれたこと、そしてそれを絵にしたいとまで思ってくれたことが、なんだかとても嬉しかった。
その日から、二人はよく話すようになった。
青年の名前は遥斗。
独学で絵を続け、いつか個展を開きたいと夢を語っていた。
あかりは仕事の話や日光浴を好きになった理由など、普段は誰にも話さないことを、ついぽつぽつと語ってしまった。
「日光って、すごく優しいですよね。光を浴びてると、心がまっすぐになっていく気がするんです」
「うん。光って、人を守るんだよ。僕にとっては描く理由にもなる」
そんな会話を重ね、季節は少しずつ夏へと向かっていった。
ある日、遥斗は少し照れたようにスケッチブックを差し出してきた。
「これ、見てもらえますか」
ページを開いた瞬間、あかりは息をのんだ。
そこに描かれていたのは、太陽を浴びて微笑む自分。
風に髪が揺れ、瞳の中には金色の光が宿っていた。
その絵の中の自分は、どこか知らない人みたいにきれいで、けれど確かに自分だった。
「……すごい。私、こんな顔してるんだ」
「光を浴びているあなたは、とても強くて、優しく見えるんです。太陽のほうを見てるみたいで」
胸の奥がじんわり熱くなった。
自分の“好き”が誰かの創作の力になっていたなんて、そんなこと考えたこともなかった。
遥斗は続けた。
「もしよかったら、この絵……僕の初めての個展で展示したいんです。タイトルは『ひだまりの人』」
あかりは笑ってうなずいた。
「私なんかでいいなら、ぜひ。……なんだか嬉しいです」
その日、二人の影は公園の地面の上で寄り添うように伸びていた。
太陽は今日も変わらず空にある。
けれど、あかりの“ひだまり”は少しだけ広がった。
日光浴が好きだというただそれだけのことが、誰かとのつながりになることを、あかりは初めて知ったのだった。
そして今日もまた、あかりはそっと目を閉じる。
光の中で息を吸い、胸の奥に太陽を溶かしながら――
新しいひだまりが、ゆっくりと心に灯っていくのを感じていた。


