月影通りの端に、ひっそりとした古本屋がある。
昼でも薄暗い棚の間を、すばやく駆け抜ける影――それが、この店に住みつく灰色の猫、ミルクだった。
ミルクはただの飼い猫ではない。
この通りで起こる小さな謎を解き明かす、“探偵猫”として知られていた。
もっとも、それを信じているのは、近所の子どもたちだけだったが。
ある雨の朝、古本屋の店主・古屋が慌てた声を上げた。
「ミルク、たいへんだ! 昨日の晩に入荷した“星の地図帳”が見当たらないんだよ」
本棚の並びを覚え、異変にすぐ気づくミルクは、ぴたりと耳を立てた。
普段なら、古屋が棚に置いたものは絶対に動かない。
なのに、朝になって丸ごと消えているという。
ミルクは尻尾をゆらりと揺らし、店の外へと飛び出した。
濡れた石畳に小さな足跡が点々と続く。
昨夜の雨の中で何かがあった――ミルクはそう確信していた。
月影通りを進むと、パン屋の前で小柄な少年がしゃがみ込んでいた。
「ミルク! おはよう。あのね、変なことがあったんだよ」
少年・ユウキは、慌ててミルクに袋を差し出した。
袋の口には、星の形の金色の粉がついている。
「今朝、店の前に落ちてたんだ。なんだか光ってて……これ、古屋さんの本にあった挿絵に似てる気がするんだ」
ミルクは粉を鼻先で確かめ、すぐさま駆け出した。
金の粉は、通りの裏の古い倉庫へと続いていた。
倉庫の扉は少しだけ開いていた。
ミルクがするりと中へ入ると、薄暗い室内で月光のような青い光が揺れた。
光の中心には、一羽のカラスが“星の地図帳”をつついていた。
「カアァ……これは珍しい図だ。夜の空を歩く方法が書かれているらしいじゃないか」
カラスは誇らしげに鳴いた。
ミルクは静かに身を低くし、倉庫の隅からじりじりと近づいた。
カラスがページに気を取られている隙を見計らい、ミルクは素早く飛びかかった。
「ニャッ!」
本を押さえ込み、カラスを驚かせると、カラスは慌てて空へ飛び去ってしまった。
ミルクは本をくわえて店へ戻ると、古屋は胸をなで下ろした。
「ありがとう、ミルク。おまえがいなかったら、この本はもう戻らなかっただろう」
だが、ミルクは満足げではなかった。
星の地図帳の最後のページに、見たことのない文字が追加されていたのだ。
“夜空を歩く道は、猫の足跡が照らす”
その夜、古本屋の屋根の上に座ったミルクは、空を見上げた。
星の光はまるで、猫の瞳のように瞬いている。
もしかしたら、本にはまだ誰も知らない秘密が隠れているのかもしれない。
ミルクの尾がゆっくりと揺れた。
月影通りには、今日も静かな夜が降りてくる。
しかしその影を縫うように、灰色の探偵猫は新しい謎へと足を踏み出していく。
――まるで、夜空を歩くように。

