風の強い町だった。
坂の多い地形に海から吹き上げる潮風が混ざり、通りを歩けば必ず髪が揺れる。
けれど、その風が大好きだと言う人がいた。
名前は紬(つむぎ)。
町で小さな雑貨屋を営み、特にリボンを集めることに情熱を注ぐ女性だ。
店に入ると、最初に目に飛び込んでくるのは、色とりどりのリボンたちだ。
光沢のあるサテン、温かみのあるコットン、繊細なオーガンジー。
長さも幅もさまざまに並べられ、まるで風に乗って踊るように店内を彩っていた。
紬がリボンを好きになったのは、小さな頃の思い出に由来していた。
忙しい母の代わりに、祖母がよく髪に結んでくれた赤いリボン。
その日その日の天気や気分に合わせて、違う色を選んでくれるのが楽しみだった。
「リボンは気持ちを結んでくれるんだよ」
祖母のそんな言葉が、今も紬の胸の奥に残っている。
ある日、紬の店にひとりの少年が訪れた。
高校生くらいで、少しうつむきながらリボンの棚を眺めている。
紬が声をかけると、少年は照れたように口を開いた。
「母さんの誕生日に、何か贈りたいんですけど……。
花束じゃなくて、もっと長く残るものがいいなって」
紬は自然と笑みを浮かべた。リボンを選ぶ理由として、これほど素敵なものはなかった。
「それなら、好きな色はありますか?」
「薄い青が好きです」
紬は棚の奥から、空の色に近い柔らかなサテンのリボンを取り出した。
指先でなでると、光をすべらせるように輝く。
「このリボン、きっと喜んでもらえますよ。何かに結んでも飾っても、きれいですから」
少年はリボンを手にしながら小さくうなずいた。
心の底から安堵したような顔をして、最後に「ありがとうございました」と深く頭を下げて帰っていった。
翌週、その少年が再び店を訪れた。
「この前のリボン、すごく喜んでもらえました。ずっと髪に結んでくれてて……お礼を言いたくて」
紬は驚きながらも胸が温かくなった。
リボンひとつで誰かの気持ちが動き、喜びが伝わる。
自分がリボンに魅了された理由が、またひとつ確かに形になった気がした。
それからというもの、少年だけでなく、町の人たちがひっきりなしに紬の店を訪れるようになった。
プレゼントに、願掛けに、記念日に。
リボンはただの飾りではなく、誰かの心を結ぶための「しるし」として選ばれていく。
風の強いある日の夕方、紬は店の扉を開け放ち、外の空気を吸い込んだ。
海の匂いを含んだ風が、店内のリボンをふわりと揺らす。
その様子はまるで、祖母がそっと自分の心を撫でてくれているようだった。
「おばあちゃん、今も見てる?」
胸の奥でそっと問いかける。
返事はないが、風が優しく頬を撫でた。
紬は微笑む。
リボンは、人と人を結び、時間と記憶を結ぶ。
そして、紬自身の過去と今を結んでくれるものだった。
店の外では、夕焼けに染まる空へカモメが飛び立っていく。
紬は揺れるリボンを見つめながら、小さくつぶやいた。
「明日はどんな色が、誰の心を結ぶんだろう」
風は今日も、リボンの町を軽やかに駆け抜けていった。


