風に乗りたかったリス

動物

森の外れに、小さな丘があった。
そこには一本の大きなクルミの木が立ち、季節ごとに色を変えながら、森の仲間たちを見下ろしていた。
その木の上に暮らしているのが、リスのピポ。
ふわふわのしっぽが自慢で、好奇心が誰よりも強いリスだった。

ピポには、ずっと胸の中にしまっている“夢”があった。
——傘で空を飛ぶこと。
きっかけは、子どものころのある朝だった。
強い風が吹いた日、小さな葉っぱが傘のようにひらひらと空へ舞い上がっていくのを見たのだ。

「いつか、ぼくもあんなふうに空を飛んでみたい!」

それ以来、ピポは落ち葉や花びら、木の皮……とにかく傘になりそうなものを集めては、丘の上から飛ぼうとするが、どれもうまくいかない。
風に乗れずにストンと地面に落ちたり、傘の形が崩れて回転しながら落下したりするたび、森の仲間たちは苦笑いした。

「ピポ、また失敗? 空を飛ぶなんて、リスには無理だよ」
「そうさ。鳥でもないのに」

からかう声が聞こえるたびに、ピポのしっぽはしゅんと垂れた。
それでも、彼は諦めなかった。
夢は夢のままじゃいやだった。

ある日、森に見慣れない旅人のフクロウがやってきた。
翼を痛めてしばらく森に滞在することになり、森の皆が世話を焼いていた。
ピポもその一匹だった。

フクロウの名前はフーディ。
年の功もあり、知識が豊富で、世界中を飛び回った経験を持っていた。

「フーディ、空を飛ぶのって、どんな気分なの?」
ピポが目を輝かせて尋ねると、フーディは目を細めて言った。
「風が味方してくれるとき、空はどこまでも自由だよ。だが、風は気まぐれだ。味方にするには、それ相応の知恵と準備がいる」

その言葉に、ピポの胸が高鳴った。
「ぼく、傘で空を飛びたいんだ! どうしたら風の味方になれるかな?」

フーディは少しだけ驚いたが、すぐに穏やかに笑った。
「ほう、それは面白い。では、風を読む練習から始めよう」

こうして、フーディの特訓が始まった。

ピポは、丘の上に座って風の流れをじっと観察した。
木々の揺れ、遠くの草の波。
風がどの方向に、どれくらいの強さで吹いているのか、毎日記録した。
さらに、フーディはアドバイスした。

「傘は広いだけではだめだ。骨がしっかりしていないと、風を受けたときにつぶれてしまう」
「軽くて強い材料を探すんだ」

ピポは森を駆け回り、落ちた枝や丈夫な葉を集めた。
木の樹液を使って骨と布をしっかり固定し、何日もかけて**“森で一番頑丈な傘”**を作った。

そして数週間後。
待ちに待った風が強く吹く日がやってきた。
空には白い雲が流れ、森はざわざわと落ち着かない声をあげている。

ピポは傘をしっかり握りしめ、丘のてっぺんに立った。
フーディが見守り、森の仲間たちも次々と集まってくる。

「ピポ、本気で飛ぶのかい?」
「やめておけ、危ないぞ!」

でもピポは微笑んだ。
「大丈夫。たくさん練習したんだ。それに——どうしても、空を見てみたいんだ」

風が、ふわっと丘の上をなでた。
次の瞬間、ピポは勢いよく駆け出し、地面を蹴って高く跳んだ。

——バサッ!

傘が大きく開き、風がその下にもぐりこむ。
体がふわりと浮き上がった。
丘が、森が、みるみる小さくなっていく。

「わああああっ! 飛んでる!!」

ピポは目を見開き、口をあんぐり開けたまま叫んだ。
風が全身を包み、空がぐんと近づく。
フーディは下から誇らしげにうなずき、森の仲間たちは驚きの声をあげた。

しばらくすると、風の向きが変わった。
ピポはフーディの教えを思い出し、体を少し傾けて傘の角度を調整した。
すると、ゆっくりと安全に降下し始めた。

ふわり——。
地面に軽く着地すると、森の仲間たちが一斉に駆け寄ってきた。

「すごいぞ、ピポ!」
「本当に飛んだんだね!」
「空から森って、どう見えた?」

ピポは胸を張って答えた。
「とっても広くて、風が歌ってたよ!」

その日から、ピポは森の“風乗りリス”として知られるようになり、仲間たちも彼の夢を笑わなくなった。
そしてピポはまた別の夢を見るようになった。

「次はもっと高く、もっと遠くまで……!」

傘を片手に、ピポは今日も丘の上で風の気まぐれを待っている。
夢は一つ叶うと、また新しい夢が生まれる。
森の風は、そんなピポの背中をそっと押し続けていた。