永灯《えいとう》の継承

面白い

山のふもとにある小さな集落・火ノ澄《ひのすみ》には、古くから一本の松明が受け継がれてきた。
その名も「永灯《えいとう》の松明」。
どれほど強い雨の中でも決して火が消えないと言われ、村人たちは祭りや大切な儀式のたびにその火を分けてもらっていた。

松明を管理するのは、火守《ひもり》と呼ばれる家系。
十六歳になった若者の中から一人だけが選ばれ、その務めを引き継ぐ。
今年、その候補となったのが、少し気弱だが心優しい少年・ツグミだった。

ツグミは子どもの頃から火を見ると落ち着く性格だった。
冬の夜、囲炉裏に揺れる橙色の炎を眺めれば、胸の奥につまる不安がふっとほどけた。
村の人々も「ツグミなら火と仲良くできる」と期待していたが、当の本人は不安でいっぱいだった。

火守の儀式の日、村の中央にある祠へと向かう山道は霧に包まれていた。
ツグミはその霧の中を歩きながら、自分に務まるのだろうかと胸を締めつけられた。
やがて祠へ辿り着くと、中央には黒くすすけた一本の松明が静かに立てかけられていた。
先代の火守である祖父・カンロが待っていた。

「ツグミ、この松明の火は、ただの火ではない。人の願いと恐れ、その両方を灯して燃える火だ。それを背負う覚悟はあるか?」

ツグミは喉がからからになった。
覚悟なんて、自分にあるだろうか。
しかし逃げ出したくない。
村が好きで、祖父が誇らしく、その火を自分も守りたいと思った。

「……やってみたい。できるかどうかは分からないけれど、やりたいんだ。」

祖父は静かにうなずき、松明をツグミへ差し出した。

受け取った瞬間、松明の芯がぱちりと音を立てた。
次の刹那、青みがかった橙色の炎がふわりと立ち上がった。
ツグミは思わず手を離しそうになったが、祖父の言葉が脳裏で響いた――「火は、恐れたときこそ暴れる」。
深呼吸をして、ツグミはしっかりと松明を握りしめた。

その夜、村では新しい火守を迎える祝祭が開かれるはずだった。
だが、運悪く山の上で雷が落ち、森に火が走り始めた。
村に危険が迫るなか、ツグミは永灯の松明を携えて山に向かった。

「ツグミ! 危ないから戻れ!」
村人たちが叫んだが、ツグミは足を止めなかった。
祖父から受け継いだ火を守るだけでなく、今は“村そのものを守りたい”という想いが胸を満たしていた。

燃え広がる炎の先で、ツグミはふと思い出した。
永灯の松明は、決して消えない火――つまり、別の火を包み込んで鎮める力があると伝えられていたことを。

「お願いだ……この火を、眠らせてくれ!」

ツグミが松明を高く掲げると、不思議なことが起きた。
松明の火が大きく揺れ、まるで生き物のように広がって山火事の炎に寄り添った。
その瞬間、激しく燃え上がっていた炎がみるみると弱まり、やがて霧のように消えていった。

静まり返った森の中で、ツグミは松明を見つめた。
永灯の火は、優しい光を湛えて彼の手元で揺れていた。

翌朝、村に戻ったツグミは、英雄のように迎えられた。
祖父は少し涙目になりながら、しかし誇らしげに笑った。

「ツグミ、お前は火と心を通わせた。これで本当に火守だ。」

ツグミは照れくさく笑いながら、松明を見つめた。
永灯の火は、恐れを抱えながらも前に進もうとする彼の新しい決意とともに、今日も静かに揺れているのだった。