休日の午後、陽介はいつものように古びた公園にいた。
目的はひとつ、木の枝と落ち葉で「迷路」を作ることだ。
子どものころから迷路が好きだった。
線の中を鉛筆でなぞる単純な遊びに、彼は無限の可能性を感じていた。
落ち葉を並べていくうちに、周囲の子どもたちが集まってくる。
「これ、どこがゴールなの?」と訊かれると、陽介は微笑む。
「それは、歩いてみてからのお楽しみだよ」。
子どもたちは笑いながら、慎重に足を運びはじめる。
葉っぱを踏まないように進む姿を見て、陽介はなんとも言えない幸福を感じた。
彼が迷路を作り始めたのは、七年前のことだった。
大学を出て就職した会社が合わず、退職して心が空っぽになったころ、公園の片隅で偶然、落ち葉で作られた小さな迷路を見つけた。
幼い兄妹が遊んでいたそれは、出口がどこにもなく、ただぐるぐると回るだけだった。
だが陽介には、その閉じた世界がなぜか心地よく思えた。
行き止まりばかりの人生も、案外悪くないかもしれない。
そんな気がしたのだ。
以来、彼は迷路を作ることを日課にした。
朝はノートに設計図を描き、午後になると公園で実際に形にする。
完成すると、散歩中の人々が足を止め、笑い声がこぼれる。
それが彼にとって、何よりの報酬だった。
ある日、陽介の前にひとりの女性が現れた。
白いスカーフを巻いたその人は、迷路の入口で立ち止まり、じっと見つめていた。
「入ってみてもいいですか?」
「もちろん。出口が見つかるとは限らないけど」
「迷ってみたいんです。最近、まっすぐな道ばかり歩いてきたから」
彼女はゆっくりと迷路に足を踏み入れた。
風が吹き、葉がさらさらと揺れる。
しばらくして、彼女は小さく声をあげた。
「あ、行き止まりだ!」そして笑った。
その声に陽介もつられて笑う。
出口へ導くよりも、行き止まりを楽しむ人がいることに、少し驚いた。
日が傾くころ、彼女はようやく出口にたどり着いた。
「ありがとう。こんなに迷ったの、久しぶりです」と言い、彼に小さなノートを差し出した。
「これ、私の描いた迷路です。よかったら」
ページをめくると、緻密な線が複雑に絡み合った、まるで都市の地図のような迷路が描かれていた。
「すごい……。こんな迷路、見たことがない」
「子どものころから、ずっと描いてるんです。だけど、歩ける迷路は初めて見ました」
その日から、ふたりはよく会うようになった。
陽介が公園で葉を並べると、彼女――澪(みお)は隣でノートを広げ、線を描いていく。
迷路が完成するころには、いつも風が優しく吹いて、夕日が枝の間から差し込んだ。
季節が巡り、春が訪れるころには、公園の一角に「葉っぱの迷路展」が開かれることになった。
陽介と澪の共同作品だ。
通りかかる人々が次々と足を踏み入れ、子どもたちは笑い、老人たちは思い出話をし、カップルは手を取り合った。
迷路は、誰にとっても「何かを思い出す場所」になっていた。
夕方、片づけのあとで陽介が言った。
「不思議だね。迷路って、出口があるのに、みんな途中で笑顔になる」
澪は微笑んでうなずいた。
「きっと、人は迷うために歩くんですよ。出口を探すためじゃなくて」
その言葉を聞いたとき、陽介の胸に静かに灯がともった。
かつて行き止まりばかりだと思っていた自分の人生も、ただ迷っていただけなのかもしれない。
迷うこと自体が、生きることの形なのだと。
春風が公園を抜け、落ち葉の残りを空へと舞い上げる。
陽介は澪の手を取り、新しい枝を並べはじめた。
今度の迷路には、ふたりだけが知っている秘密の通路がある。
その先に、きっとまだ見ぬ出口が待っているのだろう。


