十月の風が、街路樹の間をすり抜けていく。
その風に乗って、橙や黄、赤の葉が舞い落ちる。
まるで誰かが上から絵の具を散らしたように、地面は色とりどりの模様で覆われていた。
春香はしゃがみ込み、手のひらにそっと一枚の葉を乗せた。
縁が少し焦げたように茶色くなっていて、中央にはまだ緑が残っている。
彼女はその微妙な色の移ろいを見るのが好きだった。
落ち葉は決して同じ形をしていない。
どれも一度きりの姿で、風とともに地上に降りてくる。
休日になると、春香は近くの公園や神社の境内に出かけ、紙袋を手に落ち葉を集めた。
モミジ、イチョウ、サクラ、クヌギ。
葉の種類ごとに仕分けして、家に帰ると古いノートに貼り付け、日付と場所を記す。
まるで小さな標本図鑑のようだった。
最初は、祖母の影響だった。
「落ち葉はね、木の手紙みたいなものなの」
幼い春香が庭で遊んでいるとき、祖母はそう言って笑った。
「どんな気持ちで落ちたのか、よく見てあげるのよ」
それから二人で落ち葉を拾い集め、押し葉にしてアルバムを作った。
ページをめくるたび、当時の空気が蘇るような気がして、春香はそのアルバムを今でも大切にしている。
けれど祖母は、去年の秋に静かに旅立った。
その日、春香は泣くこともできなかった。
ただ庭のモミジの下に立ち尽くし、降り積もる葉を見ていた。
——あの人は、葉になって帰ってくるのかもしれない。
そんなことを思いながら。
それ以来、春香は落ち葉を拾うたびに祖母に話しかける。
「おばあちゃん、今年のイチョウはすごくきれいだよ」
「モミジは少し遅れてるけど、風が優しいからまだ頑張ってる」
道ゆく人が不思議そうに見ることもあるが、彼女は気にしなかった。
葉を拾うたび、心が静かにあたたまっていくのを感じるのだ。
ある日、公園のベンチで落ち葉を整理していると、小学生の男の子が声をかけてきた。
「お姉さん、それ、何してるの?」
春香は笑って答える。
「落ち葉を集めてるの。ほら、きれいでしょ」
男の子は興味深そうにのぞき込み、「これ、星みたいだね」と指差した。確かに、五枚に分かれたモミジの葉は、少し星形に見える。
「よかったら、一緒に探してみる?」
そう言うと、男の子はうれしそうにうなずいた。
ふたりで歩き回るうちに、袋はすぐいっぱいになった。
「こんなに集めたの、はじめてだ!」と男の子がはしゃぐ。
「落ち葉はね、風の贈り物なんだよ」と春香が言うと、男の子は首をかしげた。
「贈り物?」
「うん。木が、次の季節を迎えるために手放した宝物。だから拾うときは“ありがとう”って言うんだ」
男の子は照れくさそうに葉を手に取り、小さくつぶやいた。
「……ありがとう」
夕暮れが近づき、金色の光が木々の間から差し込む。
落ち葉がその光を受けて輝くと、まるで公園全体が炎のように燃えているようだった。
男の子はその光景を見つめ、「お姉さん、また来ようね」と言った。
春香はうなずき、心の中で祖母にそっとつぶやいた。
——おばあちゃん、見てる? 今年もちゃんと、秋はきれいだよ。
家に帰ると、春香は今日の落ち葉をノートに貼った。
ページの隅には、子どもの小さな字で「ありがとうの葉」と書かれている。
その文字を見て、春香は微笑んだ。
季節はいつか冬へと移ろう。
けれど、落ち葉を集めるたびに春香は思う。
葉の一枚一枚に、確かに命のぬくもりが宿っている。
それを拾うたび、誰かの心にも、小さなあかりが灯るのだと。
外では風が吹き、また一枚の葉が窓の外を舞っていった。
春香はそっと立ち上がり、紙袋を手に取る。
——明日も、また拾いに行こう。
祖母との思い出と、新しい出会いを胸に抱きながら。
秋色の約束は、まだ続いている。