南国の太陽がじりじりと地面を焼き、潮風が葉を揺らす小さな港町に、ひとりの青年が住んでいた。
名をリオといい、町で唯一のナッツ職人だった。
彼は毎日、乾いた風にさらされる木々の実を拾い集め、塩で炒ったり甘く煮詰めたりして、港に立ち寄る旅人たちに売っていた。
リオがとりわけ大切にしていたのは、カシューナッツだった。
硬い殻に覆われ、扱いを誤れば毒を含むその実は、簡単に食べられるものではない。
しかし丁寧に処理をすれば、ほろりとした甘みと優しい食感が広がり、どんな料理にも寄り添う。
彼はその不思議な実に魅せられていた。
町の人々は言う。
「どうして危険な木の実なんかに時間をかけるんだ。もっと楽に稼げる方法があるのに」
けれどリオは笑って答えた。
「苦い殻を乗り越えた先にある甘さは、きっと誰かを救う」
ある日、港に一隻の船が入ってきた。
乗っていたのは旅の商人で、長い航海に疲れた顔をしていた。
彼はリオの店先に腰を下ろし、カシューナッツをひとつ口に運んだ。
その瞬間、彼の表情がやわらいだ。
「これは……懐かしい味だ。遠い故郷で母がよく作ってくれた料理に似ている」
商人はそう言って、黙々とナッツを食べ続けた。
やがて袋が空になると、深く息をついてリオに礼を告げた。
「この小さな実に、私は救われたよ。ありがとう」
その話は港町に広まり、カシューナッツはただの珍しい実ではなく、人を慰める不思議な食べ物として語られるようになった。
けれども、道のりは決して平坦ではなかった。
次の年、カシューナッツの木は病に侵され、実をほとんどつけなかった。
町の人々は「やはり呪われた木だ」と囁き、リオに別の商売を勧めた。
だが彼はあきらめず、一本一本の木を見回り、葉を拭き、水を与え、弱った枝を切った。
彼にとって木はただの資源ではなく、友であり、命そのものだった。
季節が巡り、ようやく木々は再び実を結んだ。
収穫の日、リオは木に向かって小さく囁いた。
「おかえり。よく帰ってきてくれた」
その年の港は、例年よりも賑やかだった。
遠方から訪れた人々がリオのカシューナッツを求め、船乗りや旅人、町の子どもたちまでもが列を作った。
ひと粒を口にすると、誰もが笑顔になる。
その笑みは、リオの心に静かな誇りを灯した。
彼は思った。
カシューナッツはただの食べ物ではない。
苦しみを乗り越える力、遠い故郷を思い出させる記憶、そして人と人をつなぐ橋渡しなのだと。
やがて町の人々も、その価値に気づいた。
彼らは木を呪うのではなく、大切に育てるようになり、港町は「カシューナッツの町」と呼ばれるようになった。
リオは老いてもなお、毎朝木々を見回り、旅人に実を手渡した。
そして口癖のように言った。
「この甘さは、苦い殻を越えた先にある。人も同じだよ」
潮風に揺れるカシューナッツの木々は、今も町を見守り続けている。
リオの思いと共に。