小豆のぬくもり

食べ物

幼いころから、由美はつぶあんが好きだった。
白いおもちにのせられたあんこ、柏餅に包まれたあんこ、そしておはぎにぎっしり詰まったあんこ。
そのどれもが、彼女にとっては特別なおやつだった。

母が台所で小豆を煮る音を聞くと、胸が高鳴った。
鍋のふたから立ちのぼる甘い香りに誘われて、つい何度も台所をのぞいては「まだ?」と聞いてしまう。
母は笑いながら「もうちょっとだけ待ってね」と答える。
出来上がったつぶあんを白いごはんにのせて食べたときの幸福感は、いまでも鮮やかに記憶に残っている。

大人になってからも、その嗜好は変わらなかった。
都会での忙しい生活の中でも、由美は和菓子屋の前を通りかかると、つい赤飯まんじゅうやどら焼きを手に取ってしまう。
友人からは「甘すぎない?」「こしあんの方がなめらかでいいのに」とよく言われたが、由美にとってはつぶあんの“皮の食感”が大切だった。
小豆一粒一粒のかすかな歯ごたえが、口の中で確かに生きている。

ある日、仕事で心身ともに疲れ切った帰り道、ふと見つけた小さな和菓子屋に足を止めた。
暖簾のかかった店先は昭和の香りを残し、軒先には手書きの黒板で「本日のおすすめ 粒あん大福」と書かれている。
由美の心は一気にほぐれ、その場で買い求めた。

帰宅して一口かじると、もっちりとした餅生地の中から、やわらかなつぶあんが顔を出す。
甘さは控えめなのに、噛みしめるたび小豆の香りが口いっぱいに広がった。
涙がにじんだ。
理由ははっきりしなかった。
ただ、懐かしい母の味と、今日一日の疲れが同時に溶けていく気がした。

その店には、週末ごとに通うようになった。
店主は白髪混じりの穏やかな老人で、由美がつぶあんを好むと知ると、いつも「いい小豆が入ったよ」と笑顔で迎えてくれる。
由美も少しずつ店の話を聞くようになった。
北海道から仕入れた小豆を時間をかけて炊き上げること、砂糖の加減ひとつで味が大きく変わること。
話を聞くうちに、由美の中で「食べる喜び」が「作る喜び」へと変わっていった。

やがて、休日に自分でも小豆を炊くようになった。
最初はうまくいかず、硬すぎたり甘すぎたりしたが、それでも鍋を見つめている時間が楽しかった。
つぶあんの艶が現れる瞬間を見届けるたび、心が満たされる。
台所に漂う甘い香りが部屋中に広がると、それだけで暮らしが豊かになった気がする。

数か月後、由美は手作りのつぶあんを詰めたおはぎを、久しぶりに実家へ持って行った。
母は驚きながらも嬉しそうに頬張り、「ちゃんと小豆の味がするね」と笑った。
その言葉を聞いたとき、由美は胸の奥で静かに何かが結ばれた気がした。
子どものころ憧れた味を、今度は自分が受け継いでいるのだ。

仕事でどれだけ疲れても、失敗や不安が重なっても、由美の暮らしにはいつもつぶあんが寄り添っていた。
小豆を煮る時間は、彼女にとって心を整える儀式であり、過去と未来を結ぶ糸のようでもあった。

季節が巡り、春の桜が満開になるころ、由美は再びあの和菓子屋を訪れた。
店先には「桜もち」の札がかかっていたが、店主は笑って小声で言った。
「粒あん好きのあなたに特別、今日は炊きたてがあるよ」。

由美は胸の奥から湧き上がる幸福感に包まれ、店主の差し出す包みを受け取った。
手の中の小さな重みは、甘さだけでなく、確かに生きてきた日々の記憶と、これからの希望を含んでいた。

その夜、窓辺に座り、桜の花びらが舞うのを眺めながらつぶあんを口に運ぶ。
噛みしめるたび、小豆の粒が奏でる静かな音が心を満たし、由美は思った。
――これから先も、きっと私はつぶあんとともに暮らしていくのだろう、と。