むかしむかし、ある山里の外れに、小さな池がありました。
池には一羽の鶴と、一匹の亀が仲良く暮らしていました。
鶴は長い足で水面を歩き、空を飛ぶことができました。
亀はのろのろと地を這い、重い甲羅を背負っていました。
姿も暮らし方も違いましたが、二匹は互いを大切に思い、いつも池のほとりで語り合っていたのです。
ある日、鶴が高く空へ舞い上がり、遠くの山々を越えて戻ってきました。
「亀さん、あちらの谷には広い湖があるよ。水も澄んでいて、魚もたくさん泳いでいた。ここよりもきっと住みやすいだろう」
亀は目を細めて言いました。
「鶴さんは空を飛べるから、遠くまで見てこられるんだね。けれど、わたしには重い甲羅がある。湖まで歩いて行くのは、どれほど日がかかることだろう」
鶴は亀の甲羅をじっと見つめました。
「ならば、私が背に乗せて運んであげようか」
けれど亀は首を振りました。
「ありがとう。でも、この甲羅は私の命。甲羅を背負っているからこそ、嵐にも獣にも負けないのだ。重くても、これは手放せない」
その夜、月が池に映るころ、亀は独りつぶやきました。
「鶴さんのように自由に空を飛べたら……」
一方、鶴もまた空から池を見下ろしながら思っていました。
「亀さんのように堅い甲羅があれば、恐れるものもなくなるのに……」
お互いにないものを羨ましく思いながらも、二匹は翌日も池のほとりで笑い合いました。
ところがある夏の日、池が干上がり始めました。
日照りが続き、水は日に日に少なくなっていきます。
魚たちも次々と姿を消し、やがて池は泥に覆われました。
鶴は言いました。
「亀さん、このままでは生きていけないよ。私が湖へ行こう。けれど、あなたは……」
亀はゆっくりと首を上げました。
「わかっている。私は甲羅とともに歩くしかない。けれど、鶴さん、どうか先に行っておくれ」
鶴は飛び立とうとしましたが、どうしても振り返らずにはいられませんでした。
泥に足を取られながら進む亀の姿が、胸に焼き付いて離れなかったのです。
数日後、亀はとうとう動けなくなりました。
乾いた土に伏し、息も絶え絶えです。
そのとき、空から大きな影が舞い降りました。
鶴でした。くちばしには一本の葦の茎をくわえていました。
「亀さん、この葦をしっかり噛んで。私が飛ぶから」
亀は力を振り絞って茎をくわえました。
鶴は両翼を広げ、空へと舞い上がります。
風が頬を打ち、地面が小さく遠ざかりました。初めて見る空の景色に、亀の目は涙でにじみました。
「鶴さん……私は、空を飛んでいるのか」
声を出せば茎を落としてしまう。だから亀は心の中で叫びました。
やがて、遠くの湖が輝きを放ち始めました。
鶴は力強く羽ばたき、ついに湖の岸辺へと亀を降ろしました。
亀は泥にまみれた体を水に沈め、冷たい流れを全身で味わいました。
鶴は疲れて羽をたたみながら笑いました。
「亀さん、これでまた一緒に暮らせるね」
亀も深く息を吸い込み、ゆっくりとうなずきました。
「鶴さん、あなたがいてくれたから、私は空を知ることができた。そして、生き延びることができた」
それからというもの、鶴は空から湖を見渡し、危険を告げました。
亀は湖底を歩き回り、仲間たちを守りました。
二匹は互いの違いを羨むのではなく、力を合わせて生きるようになったのです。
村人たちはいつしか、この湖を「鶴亀の池」と呼びました。
そして、人々は鶴と亀を長寿と幸せの象徴として語り継ぎました。
――鶴と亀。
姿も生き方も異なれど、互いに支え合えば、困難を越えて生きられる。
そう語る物語が、今も里に残っているのです。