陽介は子どものころからキャベツが好きだった。
炒めても、煮ても、生でも、あの甘みと歯ごたえがたまらなかった。
給食に出たロールキャベツを誰よりも早く平らげ、家では母の千切りキャベツを大盛りで食べ、友達には「草食動物みたいだな」と笑われた。
それでも陽介にとってキャベツは、ただの野菜以上の存在だった。
大学を卒業した陽介は、迷わず地元に戻り、祖父の畑を継ぐことにした。
周囲は「キャベツなんてどこでも作れる」「もっと儲かる作物がある」と止めたが、彼の意思は揺らがなかった。
祖父が大事に育ててきたキャベツ畑を守りたかったのだ。
春先、苗を植えるときの土の匂い。
夏、広がる緑の葉が朝露をまとって輝く景色。
秋の収穫期にずっしりと実った玉を抱えたときの喜び。
陽介の心は、いつもキャベツと共にあった。
ある日、近くの道の駅で開かれた直売イベントに出店した。
陽介は自慢のキャベツを並べ、試食用に千切りを山盛りに用意した。
通りかかった女性が一口食べて「甘い!」と驚き、次に笑顔を見せた。
彼女の名前は美咲。
料理研究家を目指していた。
二人はすぐに打ち解けた。
美咲はキャベツを使った新しいレシピを考案し、陽介はそのための最高のキャベツを届けた。
ポタージュ、餃子、漬物、さらにはキャベツを練り込んだパンまで。
試すたびに二人は夢中になり、気づけば一緒に過ごす時間が増えていった。
しかし、農業の現実は甘くなかった。
台風の直撃で畑が全滅した年、陽介は心が折れそうになった。
青々と広がっていた畑は泥に沈み、玉は割れてしまっていた。
彼は畑に膝をつき、ただ呆然とした。
そんなとき、美咲が手を差し伸べてくれた。
「ねえ、覚えてる? 私、あなたのキャベツを初めて食べたとき、すごく感動したの。だから、また一緒に作ろうよ。今度はもっとたくさんの人に、あの味を届けよう」
その言葉に背中を押され、陽介は再び立ち上がった。
再生のためには時間も労力も必要だったが、美咲と共にレシピを発信し、直売所やネット販売を工夫することで少しずつ道は開けていった。
やがて、二人のキャベツ料理は評判を呼び、町おこしのイベントに招かれるようになった。
子どもたちが「キャベツ嫌いだったけど、これなら食べられる!」と声を上げるたびに、陽介は胸が熱くなった。
冬のある夜、陽介は収穫したばかりのキャベツを抱えて、美咲に言った。
「この畑を、これからも一緒に守ってくれないか?」
美咲は少し照れながらもうなずき、そのキャベツを両手で受け取った。
キャベツ畑には、今日も冷たい風が吹き抜けている。
だがその葉の一枚一枚は、陽介と美咲の希望を抱いて揺れていた。