健太は昔から「かきのたね」が好きだった。
オレンジ色の小さな柿の種と、塩気の効いたピーナッツ。
そのシンプルな組み合わせに、彼はなぜか無性に惹かれてきた。
子供の頃、父が晩酌の横に置いていたのをつまみ食いして以来、気がつけば自分の部屋の机の引き出しにも常備しているほどになっていた。
大学に入り、一人暮らしを始めてもその習慣は変わらなかった。
コンビニに寄れば必ずかきのたねを探し、スーパーに行けば大袋を買っておく。
レポートに追われる夜も、友達と麻雀をしている時も、彼の指先にはいつもあのカリッとした食感があった。
そんな健太の趣味を「ちょっと渋い」と笑うのは、同じゼミの由香だった。
彼女は甘いお菓子が好きで、よくキャンディやチョコを持ち歩いていた。
ある日、図書館で一緒に勉強している時、健太が袋を取り出して言った。
「食べる?」
「え、柿の種?おじさんくさーい!」
そう言いながらも、由香は興味本位でひとつ摘んだ。
すると、想像以上に香ばしく、辛さとピーナッツの甘みが絶妙に合っていることに驚いたらしい。
「……意外と美味しいかも」
彼女がそうつぶやいた瞬間、健太は妙に嬉しくなった。
自分の好きなものを認めてもらえたことが、胸の奥をほんのり温めたのだ。
それからというもの、二人で勉強する時には必ずかきのたねが置かれるようになった。
由香は「ピーナッツ多め派」、健太は「柿の種多め派」。
分け合うバランスがちょうどよくて、二人の間に自然と笑いが増えていった。
やがて卒業の季節が近づき、それぞれの進路が見えてきた。
健太は地方のメーカーに就職し、由香は東京で働くことが決まっていた。
最後のゼミ合宿の夜、健太は小さな紙袋を由香に差し出した。
中には、彼が地元の老舗で見つけた特別な「柚子胡椒味のかきのたね」が入っていた。
「これ、すごく旨かったから。東京行っても食べてみてよ」
由香は笑顔で受け取り、しばらく袋を見つめてから言った。
「ありがと。……なんか、健太らしいね」
離れ離れになってからも、二人は時々連絡を取り合った。
LINEのやり取りの中で「今日、コンビニで新しい味の柿の種見つけたよ!」と由香から写真が送られてくることもあった。
健太はそれを見るたび、遠くにいてもどこかで同じものを食べている気がして、心が近づくように感じた。
数年後。社会人として忙しい日々を過ごす中、健太は出張で東京へ行く機会を得た。
久しぶりに会おうと連絡をすると、由香は快く応じてくれた。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、昔と変わらない笑顔で、手にひと袋のかきのたねを持っていた。
「今日、これを見つけたの。健太と一緒に食べたいなって」
二人は並んでベンチに座り、袋を開けた。
パリッとした音が夜風に溶け、懐かしい味が口の中に広がる。
その瞬間、健太は気づいた。
自分にとって「かきのたね」は単なるお菓子ではなく、大切な思い出をつなぐ鍵なのだと。
そして、由香が笑いながら言った。
「やっぱりピーナッツは私が多めにね」
「じゃあ、柿の種は俺が」
分け合う小さな粒の中に、二人の時間が再び流れ始めていた。